若年層の発達障害者はここ数年で急増し、今後の新規採用市場の中心とみられていますが、採用に踏み切れない企業や、職場適応や活躍の取り組みに課題がある企業も多く見られます。
前回は若手の発達障害者を取り巻く環境と問題点、特性理解のポイントを紹介しましたが、後編となる今回は、雇用後の活躍のために必要なことや企業の果たすべき役割、今後の活躍可能性についてお話します。
東京通信大学 人間福祉学部 教授
松為 信雄
早稲田大学大学院心理学専攻科修了後、職業研究所(現・労働政策研究・研修機構)研究員、高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター主任研究員の後、東京福祉大学、神奈川県立保健福祉大学、文京学院大学の教授を経て現職。
内閣府障害者政策委員会委員、文部科学省特別支援教育総合研究所運営理事外部評価委員長、日本職業リハビリテーション学会顧問、日本精神障害者リハビリテーション学会常任編集委員等を務める。
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発達障害者の雇用は必要不可欠
出典:厚生労働省 平成30年 障害者雇用状況の集計結果
ご存知の通り、障害者雇用促進法で障害者の法定雇用率が定められています。雇用率は18年4月から民間企業で2.2%、21年3月末までには、さらに2.3%に引き上げられることが決まっています。これは簡単に達成できる数値ではありません。
厚労省の「平成30年度 障害者雇用状況の集計結果」によれば、法定雇用率2.2%を達成した企業は45.9%です。達成した企業が5割を切っているにも関わらず、2.3%に引き上げられるのです。さらに今後、この数値は2.4%、2.5%と段階的に引き上げることが予想されます。企業にはより一層の採用拡大と人材定着が求められている状況です。
現在までの障害者採用では身体障害者が中心となっています。ただ、今から雇用率を達成するために身体障害者を採用しようとしても、難しいのが実情です。また、日本が人口減少社会となっていることも、考慮しなければなりません。毎年、人口が減少しており、さらに少子高齢化となっていますので、労働人口はさらに急速に減少が進んでいます。つまり、新規に雇い入れることができる絶対数が減っている中で、自社に最適な障害者を見つけ、採用しなければならないのです。
一方、既にお伝えしましたように、発達障害者の人数は増えています。しかも、20~34歳までが全体の5割以上を占めているのが大きな特徴です。雇用率を達成するためには、発達障害者を採用する必然性があると言えます。
企業に求められるのは、マニュアル化とマネジメント
発達障害者は、ルーチンワークでも創造的な仕事でも、どちらでも能力を発揮することができますが、そのために必要なことがあります。
発達障害者の活躍を考えた場合、前回お伝えしているように「情報処理の特異性」の排除が重要になります。インプットの仕方を変えれば周囲と同等のアウトプットができるのですから、その人に合ったマニュアルや作業手順を作ることができれば、一定のパフォーマンスが期待できます。発達障害者はもともとの能力が高いことが少なくないので、企業にとっても戦力になり得る可能性は十分にあります。そのためには、企業側としては、社内環境や仕事をいかにマニュアル化できるかが、第一のポイントと言えます。
あるいは、情報処理の特異性に着目し、発達障害の人に異なる意見、新しい視点を求めることも考えられます。マニュアル化された仕事とは正反対の自由度の高い仕事で、高いパフォーマンスを発揮し、企業に新たな価値をもたらすこともないとは限りません。その場合、ポイントとなるのが、発達障害者のマネジメントです。
例えば、企画職など自由度の高い仕事を任せたとしても、自由にさせておけばいいということにはならないでしょう。企画をまとめるのには手続きがありますし、会議の場で意見やアイデアを伝えるにしても、周囲の人に理解されなければ意味がありません。
発達障害者の意見やアイデアは、的外れや、ピントがずれているように見えることがあります。そこで「それは的外れだ」「ピントがずれている」などと切り捨てるのではなく、なぜそうした考えに至ったのか、くみ取ることが大事です。上司や訓練を受けた専門家が後見人のような役割を果たし、発達障害者の意見やアイデアを企画や既存事業に組み込んでいく。そうしたマネジメントが実現できれば、創造性の高い仕事で成果を上げる可能性もあるのではないでしょうか。
同時に、ルーチンワーク的な仕事を任すにせよ、創造的な仕事を任すにせよ、それが本人にとって「やりがい」を感じられるものなのか、つまり、モチベーション高く取り組めるのかも考慮する必要があります。これについては本人自身が目標を設定すると同時に、会社が何を求めているか明示する必要があるでしょう。
合理的配慮は障害者側の問題でもある
発達障害者は難しい、準備や環境整備に時間と費用を要する、採用には二の足を踏む、と雇用に不安と負担が付きまとうことは十分に理解できます。雇用には大きな費用がかかりますし、被雇用者の人生を担うことにもなります。「採用したけど、ダメでした」などと簡単に考えられないのは当然のことです。
企業側が気にする点として、合理的配慮もあるでしょう。合理的配慮は企業側の義務で、障害のある人とそうでない人の機会や待遇を平等に確保し、支障となっている事情を改善・調整することが定められています。改善・調整に必要な費用は企業側が負担することが原則ですので、これもまた不安と負担につながります。
しかし、実は合理的配慮は障害者側の問題でもあります。入社前の段階では、障害者のほうで「面接の時は、こうした配慮をお願いします」と企業に伝えなければなりません。入社後は企業側が一人ひとりに「何か合理的配慮が必要ですか」と尋ねます。また、障害者の申し出をいつでも受け付ける窓口の設置も必要になります。ただ、企業の義務はここまでです。問いかけに対し、障害者が「こういう配慮をしてほしい」と答えれば必要な措置を行えばいいですし、もし「特にありません」と答えたなら何もする必要はないのです。
企業側としては、本人自身が、自分の得手・不得手な部分は何か、不得手な部分にどのような配慮があれば作業の遂行に影響を及ぼさなくなるのか、その内容をきちんと伝えられるかを、採用時に見極める必要があるでしょう。
必要な配慮を把握しているか否かは、定着に関してもキーポイント
障害者自らが配慮を求められるか否かは、定着に関しても非常に重要なポイントとなります。ここで言う定着とは、職場環境や仕事に慣れる職場適応を果たした後の話です。職場に適応し、求められる要求に応えていた障害者が、加齢や家庭状況の変化あるいは上司や仕事の変更などで、本来のパフォーマンスが発揮できなくなることがあります。そこで出てくる概念が定着であり、定着支援です。
定着のため会社側が何らかの支援をしますが、障害者からの「こういう変化があり今まで同じようにはできなくなった。ついてはこういうサポートを新たにしてもらえないだろうか」という申し出がなければ、対処のしようがないでしょう。
先ほどまでに、発達障害者はキャリア教育を通じ、自分自身をナビゲートするすべを知らなければならないと話してきました。自分にはこういう配慮やサポート、ナビゲーションが必要だと言えないとしたら、改めて訓練を受けてほしいと考えています。
企業側が障害のある社員に対してどのように配慮を提供すべきかについては、厚労省が合理的配慮の事例集を出していますので、自社の状況に合わせて参考にしてみましょう。
自尊感情を大切にしてほしい
発達障害者が特別支援学校に通わず、一般の高校、大学と進んでいたとしたら、多くの場合、周囲と馴染めず、「自分はダメなのだ」と思い込み、自尊感情を大きく低下させています。しかし、仕事をしたり、社会生活を営んだりする上で、自尊感情は必要不可欠です。自尊感情があるからこそ、自らの弱点をさらけ出し、相談をして援助を求めることができるのです。発達障害者を雇用することになったら、自尊感情を傷つけることなく、些細なことでもいいので、自信をつけさせる接し方、マネジメントをお願いできればと思います。そうすることでより高いパフォーマンスが発揮でき、定着にもつながるはずです。
社会貢献にとどまらない戦力となり得る
これまでの障害者雇用は、障害者の自立を促し、社会に取り込もうとする、社会貢献的な意味で語られてきました。つまり、共生社会の実現を目指して企業が社会的責任を果たす一つの取り組みとして障害者雇用があったのです。
従来の障害者雇用は、企業活動の観点からは、どちらかと言えば消極的な側面が強く、企業の成長やビジネスチャンスを広げるものとは基本的になり得ませんでした。ただ、障害者を雇うことで企業風土が変わり障害のない社員にも好影響をもたらすことは、障害者雇用を重ねてきたほとんどの企業が異口同音に発言されています。実際、「データには表れていないが、知的障害者の元気な声やひたむきな姿が、オフィスの雰囲気を変え、社員の仕事に取り組む姿勢が変わった」と人事担当者は口にします。確かに、そうしたことも障害者を雇用するメリットの一つには違いありません。しかし、そのメリットもまだまだ消極的ではないでしょうか。
昨今、企業のダイバーシティ(多様性)推進の動きがクローズアップされています。その中で、経営戦略の観点から発達障害者の特異性に期待し、雇用するだけでなく本来の事業に貢献する動きもあります。情報処理の特異性を排除することで、もともと持っている高い能力を事業に活かすことは決して不可能ではないでしょう。
発達障害者の雇用は、これまでの共生社会の実現に重きを置いた障害者雇用とは明らかに性質が異なります。非常に優れたポテンシャルを持つ人材も少なからずいます。生産性の向上や事業の成長戦略に結びつけるような未来を描いていただければと思います。
※所属・役職は取材当時のものです