楽天グループの特例子会社として障害者雇用を促進する楽天ソシオビジネス株式会社は、障害者の活躍と企業成長への貢献、その結果としての事業黒字化に取り組み、今では楽天グループにとって「なくてはならない存在」として成長しています。
自らも障害者である川島薫社長は「障害者の個性と正面から向き合う」「グループへの働きかけを含め、会社として可能性を伸ばす」という信念をもって雇用に取り組んでいます。同社の雇用への取り組みと、企業が考えるべき障害者の活躍とその可能性について、お話を伺いました。
楽天ソシオビジネス株式会社 代表取締役社長
川島 薫
0歳の時に先天性両肢関節脱臼の診断を受ける。1980年、教育事業出版社に入社し経理業務に従事。85年、結婚を機に主婦業に専念。89年、右股関節が悪化し再手術、障害者手帳を取得。99年空調メーカーのコールセンターでSVとして約8年勤めた後、CADの訓練校に入学。訓練校の先生の勧めで東京都障害者合同面接会に参加し、2008年楽天ソシオビジネスに一般職社員として入社。採用・人事・労務・営業などのリーダー、マネージャー、部長職を経て19年6月より現職。著書に『障がい者の能力を戦力にする』(中央公論社)がある。
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はじめに
楽天ソシオビジネスはその名が示す通り、楽天グループの一員として2007年12月に設立され、2008年4月に特例子会社の認定を受けました。当初から『障がい者雇用を推進し、社会に貢献できる企業に成長する』『障がいのある方に成長の機会を提供し、その結果事業としての成功を果たす』の2つをビジョンに掲げ、自ら収益を上げることを一つの目標としています。親会社とグループ各社、何よりここではたらく社員一人ひとりの努力が相まって、2010年には単月黒字となり、その後も成長を続けました。
私は特例子会社を単なる障害者の雇用装置とは捉えていません。会社であることには変わりはなく、事業を成長させるのが当然の義務だと考えます。当社ではグループから多くの業務をアウトソーシングで引き受けると共に、カフェの運営や水耕栽培など独自の事業も展開させて軌道に乗せてきました。ただ、2019年は一旦赤字になっています。このことの背景については後ほどお話させていただくとして、まずは設立当初のことを振り返りたいと思います。
入社当初は違和感と不安が先行、大きな課題に気づく
私は2008年の設立間もないころに現場の一社員として入社しました。私自身は足に障害のある障害者ですが、それまで一般企業ではたらいており、特例子会社や障害者の採用枠があることを当社で初めて知ったのでした。上記の通り、当社は2つのビジョンを華々しく掲げています。しかし、順風満帆なスタートとは決して言えなかったと思います。正直なところ、入社して感じたのは大きな違和感ばかりです。そもそも障害者の雇用を促進するのは当たり前だという思い。何より、この環境でどのようにして事業の成功を導くのだろうと強く感じたのです。社内を見渡しても、社員にまったく覇気がありません。それどころか、とても後ろ向きな姿勢で仕事に取り組んでいます。新たな仕事を任されたら、出てくる言葉が「それはできない」。新しい仕事に取り組む機会をもらえてうれしいと思わないのだろうか。私自身、この会社ではたらいていけるかと感じていたのも事実です。
あくまで現場の一社員だった私は、先行きに不安を抱えながらどこか傍観するような気持ちで当社を眺めていました。一転して会社と深く関わるようになったのは、採用に携わってからです。当時、当社には障害者採用のノウハウはありませんでした。履歴書を鵜のみにし、大手での就業経験があればまず大丈夫だろうと内定を出していました。しかし、経理や人事の経験が書かれてあるものの、実際には手がけたことがあるのはアシスタントのアシスタントというような内容。さらに問題だったのは、面接で出会う応募者がはたらく意欲を見せてくれなかったことです。なるほど、これなら「言われた以上のことはやらない」社員が多いのもうなずけます。もちろん、このままでいいはずがありません。当社では履歴書より人を見る採用に切り替えて、労働意欲があるか否かを最重要事項の一つとしたのです。
同時に、私は現場でのマネジメントを任されるようになっていました。多くの障害者は「言われたことを言われた通りに行う」仕事以上の経験がないため、新しい仕事を覚えるのが苦痛で、複数の仕事を同時に進行させるのを嫌います。しかし、「自分を成長させよう、2つ3つの仕事をするのは当たり前のことだよ」と少しずつ意識を変えていきました。徐々に社内に活気が出て業績も上向きになり、ようやくビジョンと実態が合致してきました。
給与・評価のあり方を見直し、モチベーションアップにつなげる
一方で、今度は評価・処遇の問題が出てきました。これまで以上にしっかりと仕事をしているのに、給与が上がらない。おそらく他の多く会社がそうであるように、当社も障害者の賃金は一律に低く抑えられ、なかなか上がらない仕組みになっていました。「会社の売上は伸びているのに、なぜ自分たちの給与は低いままなのか」。社員からこのような不満が出てくるのも、当然と言えば当然でしょう。黒字化を本気で目指すのなら、社員のモチベーションは必要不可欠です。評価や処遇のあり方を変えなければならない、社員の頑張りに応えられない現状を大きくテコ入れしなければならないと、会社に働きかけました。
評価制度そのものは、これまでもあるにはありました。しかし、楽天の評価シートなどをそのまま流用しており、障害者にマッチしないところが多かったのです。新たに作成した制度には、評価の対象として報連相や協調性、他者の受け入れなどの項目を細かく入れ込みました。項目を多く立てたのは加点方式にしたかったからです。減点方式ではせっかくの改善が逆にモチベーションを削ぐことになりかねません。項目を設定するに当たっては、現場のマネジメントクラスから「今できていないこと」を集めました。それらを目標にし、クリアしていけば全体としてより質の高いはたらきができるようになる仕組みです。いずれもKPI管理できる内容にしています。社員は改めて自分に合った目標を立て、KPIを確認します。目標の振り返りは3カ月に1度行い、これとは別にチームごとに1on1を1~2週間に1度のペースで実施しています。
評価制度を刷新したタイミングで給与の一斉見直しも図りました。その時点での社員の能力に給与を寄せましたので、「給与が安い」という不満の声には応えられたと思います。中には、急な成長を望まない社員もいますが、それはそれでかまわないのです。当社では一人ひとり給与も目標も異なります。自らを成長させ、リーダーとなり実績を重ねれば、求められる責務は重くなりますが、楽天と同等の水準の給与体系に持っていくこともできます。その一方で、ゆっくりと歩みを進めることもできる。どちらを選ぶかは本人次第です。
また、知的障害者に対しては、他の障害者と同じものは使えないので、「縮小版」を用意しました。縮小版の目標は決して難しい内容ではありません。報連相や挨拶など意識すればできるものばかりですので、現場のリーダーには「5年で全部の項目を教育してほしい」と伝えています。クリアできれば正式に正社員としての雇用となり、目標も通常版に切り替わります。正社員に切り替わった知的障害者の中からは、他の社員と同等の実績を出すケースも出てきています。
一人ひとりの個性を見つめ、可能性を伸ばす
多くの場合、「障害者」と十把一絡げにして、あれはできない、これは任せられないと判断されがちです。しかし、誰にでも長所もあれば短所もある、できることもできないことも、両方あります。何ができるかわからないというのは、個性と向き合っていないからではないでしょうか。相手の特性を知り、その上で、本人にとっても会社にとっても成長となる仕事をしてもらうのが理想です。当社には、障害者の枠にとらわれず自身の可能性を広げ、将来への希望を見出した社員がたくさんいます。
例えば、作業系の業務をしている社員がいました。仕事をしながら、いつも将来への不安を口にしていました。自分の能力と手がけている仕事との乖離が大きかったのだと思います。その社員はスマホのアプリを開発できるスキルを持っており、試作品を作っては私に見せてくれていたのです。当社には開発系の業務はないのですが、この能力を何とかして活かせないと、グループのマーケティング部門と掛け合ったところ、その社員にピッタリの仕事が見つかりました。今では、配属が変わり、PCを使う業務を行っています。キラキラした目で仕事と向き合い、将来の不安を口にすることももうありません。
その社員は知的障害と発達障害のボーダーにいました。通常だと、PCを使う仕事はできないと安易に判断されると思いますが、能力は人によって違うのです。仕事を押し付けるのではなく、可能性に見合った仕事を探す。その役割が会社にはあるはずです。やや余談になりますが、知的障害者というと清掃業務のイメージかもしれませんが、当社は清掃業務を行っていません。清掃業務をできることはわかっているので、可能性を広げるために別の仕事に挑戦しています。
個性と向き合う際、時にぶつかり合うことは避けられないかもしれません。お互いを完璧に理解することはできませんが、わかろうとすることはできます。その気持ちを持って真摯にぶつかっていけば、一度では心を開いてくれないけれども二度目三度目で開いてくれるかもしれない。そうして、いつか確かな信頼関係が構築できると信じていますし、そうなるよう実践しています。
コミュニケーションが難しいと言われる精神・発達障害の人たちとも、私の接し方は変わりません。正面から向き合います。ただ、お互いに慣れるまでに時間はかかります。精神・発達障害の人ですと、会社に慣れるのに1年、仕事に慣れるのに1年かかり、その人に合った仕事を取ってくることが初めのうちはなかなか難しいのが現状です。
冒頭、当社は一旦赤字になっていると伝えましたが、精神・発達障害者を50人規模で採用して戦力化に時間がかかっている影響が少なからずあります。しかし、今は精神・発達障害者の活躍が会社にとって必要不可欠な時代です。「2年あれば人は必ず成長する。必ず戦力になる」と親会社には理解してもらって、来年からも多くの精神・発達障害者を採用予定です。
グループの中でプレゼンスも上昇
障害者雇用というと、「こういうものだ」という通例ができあがっているところがあります。ただ、これまで通りのことを続けても、これまで以上の結果は出てきません。当社は障害者にただ会社に通ってもらえればそれでいいというスタンスではありませんので、他から見れば「変わった」ことをしているように映ることもあるでしょう。
例えば、当社では一つのチームを作るのに、身体、知的、精神・発達と分けていません。健常者を含めて、さまざまな特性を持つ人たちで一つのチームを作っています。また、チーム単位で細かくPLを公開し、リーダーには黒字に持っていくように指導しています。このため、グループ内では「堅実な経営をする会社」としても知られるようになりました。
特例子会社は同じグループの中にあっても、何をしているかわからない、それどころか、存在すら知られていないことも多いでしょう。しかし、ありがたいことに当社のプレゼンスは年々、上昇し続けています。これも親会社やグループ会社に働きかけて、多くの仕事を任されてきた結果です。その過程でたくさんの失敗を重ね数多くの始末書も書きましたが、ノウハウもスキルも蓄積してきました。グループ内からは、例えばイベント系の仕事なら「ソシオに任せるのが一番早い」と言われるまでに至っています。希望的観測も入り混じっていますが、グループの中で「なくてはならない存在」になってきたのではないかと感じています。前社長から私にバトンタッチされる際には、楽天の副社長が役員として参画しました。当社によりたくさんの仕事をアウトソースしていこうという意志の表れの一つだと思います。
障害者を長所も短所もある一社会人と見てほしい
今、障害者雇用は過渡期を迎えています。かつては、特例子会社は単なる雇用装置であれば良かったのかもしれません。しかし、その役割を終えてこれからは配慮や労務管理をすることが中心となるのではないでしょうか。特例子会社だけで障害者雇用を担うのは限界があります。私は楽天グループ各社に、配慮や労務管理は当社で行うと伝えた上で、障害者を積極的に採用してほしいと呼びかけています。楽天ならではのスピード感でその声に応える動きを取ってくれるのは、とてもありがたいことです。
本当は障害者を雇用しなければならない、そのために仕事を切り出さねばならない、という発想自体がナンセンスなのだと思います。障害者を長所も短所もある一社会人と見てほしい。世間は人手不足だ人手不足だと言っています。ぜひ仕事を任せてください。必ず十分な成果をお返します。障害者が当たり前のように活躍できる社会にしていくことが、私の使命だと考えています。
※所属・役職は取材当時のものです