新型コロナウイルス感染拡大や働き方改革の推進によってテレワークの導入を進める企業が増える中、障害者雇用領域でもテレワークの活用に注目が集まっています。
障害者雇用におけるテレワーク導入は人材確保や生産性向上などに繋がる可能性を秘めています。しかし「業界や業種によっては難しいのでは?」「どのような人材を採用すべきか?」「障害者雇用でテレワークを導入する場合、何に気をつけるべきか?」といった不安や疑問も多いでしょう。
そこで今回は、テレワークによる障害者雇用推進を支援する株式会社テレワークマネジメントのコンサルタント倉持利恵さんに、企業のテレワーク導入状況や、障害者のテレワーク雇用を導入するために知っておくべきポイントについて話を伺いました。
株式会社テレワークマネジメント コンサルタント
倉持 利恵
2016年度から3年間、厚生労働省の障害者テレワーク推進関連事業で、障害者在宅雇用コーディネーターとして、約20社の企業を支援。企業へのテレワーク導入から、テレワーク雇用のための業務設計、採用活動支援、雇用後の定着支援まで、多くの企業を支援している。
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テレワークを導入する企業は、規模の大小を問わず増えている
テレワークの導入は、国が積極的に後押ししていることもあり、ここ数年で確実に増えています。総務省の平成30年通信利用動向調査では、調査対象企業の全体の26.3%が導入または導入予定があると回答しました。国際スポーツイベントに向けて検討を進めている企業がさらに増え始めていましたが、ここにきて新型コロナウイルス感染拡大の影響で、テレワークはこれまでになく注目を集め、普及が一気に進みつつあります。
これまでは、導入するほとんどが大企業でしたが、現在は規模の大小や業種を問いません。当社には、大企業に限らず、全国の様々な業種の中小企業からも相談が寄せられています。中央省庁や自治体も導入に前向きです。改めて、重要性と有効性の認知が広まっているのではないでしょうか。
導入の目的は、もともとは妊娠・子育て中の女性をはじめ、通勤困難者に対する福利厚生の一環という見方が強いものでした。待機児童などの問題もあり、はたらきたくてもはたらけない女性が多いことを受け、産休・育休中や育休後に自宅で仕事ができる体制を整えるためにテレワークを一部導入する企業が多かったのです。これがここ数年で大きく変わりました。総務省の同調査によれば、生産性の向上、移動時間の短縮、通勤困難者への対応の順でニーズが高くなっています。人材確保も、前年の7位から5位に上がっています。今後、この傾向はますます強まると予想されます。
障害者雇用の領域では、テレワーク制度のない企業が、障害者雇用のためにテレワークを導入するケースが増えています。特に首都圏の大手企業や特例子会社は、障害者雇用を目的にテレワーク導入を進め始めました。法定雇用率の達成を目指すのはもちろんのこと、今いる社員の定着率を上げる狙いもあるようです。特例子会社でテレワークの実績とノウハウを蓄積し、グループ全体に広めたという例もあります。
特定の人材要件や障害者のみを採用する施策ではない
テレワークの導入で、はたらきたい人のはたらく機会が増えるのはとても良いことです。その一方で、誤解をしているケースもたびたび見られます。その一つとして、テレワークであれば地方に眠る高い専門性を持つ人材をたくさん見つけられるという考えです。そのため、テレワークでの採用となると、急に高い人材要件を設定する企業も散見されます。もちろん優秀な人材が地方にもいるのは間違いありませんが、決して多いわけではありません。また、身体的な制約の多い方のみをテレワークで採用しようとするケースもありますが、これもあまりお勧めはできません。テレワークは、はたらく機会を広く創出する手段で、高い専門性を持つ人材の発掘や、特定の障害者のみを採用するためのものではないことはぜひ覚えておいてほしいと思います。
実際、テレワーク導入で成功している企業は、特定の障害者に偏った採用はしていません。オフィス勤務の場合とほとんど変わりない人材要件で採用を進めています。テレワークの実績のない企業が始める場合は、まずは「オフィス勤務を任すことのできる人材をテレワークでも採用する」という感覚が適切と言えるでしょう。
テレワークに最適な業務は、どの業種でも「業務の見直し」で見えてくる
障害者雇用をテレワークで行う場合、テレワークではこういう仕事しかできない、という思い込みもたびたび見受けられます。よくあるのが、翻訳業務やプログラミングを任そうという試みです。しかし、「離れた場所でする仕事だから、一人で黙々と行う仕事だ」という発想の仕方はあまりしてほしくないと思っています。
まず行っていただきたいのは、業務の洗い出しです。現状の業務の洗い出しを行い、その上で、テレワークでできるように業務のやり方を見直してください。業務の見直しをしない限りテレワークでできる仕事は増えませんし、雇用も生まれません。また、本当の意味での生産性向上にもつながらないでしょう。裏を返せば、業務の見直しを行うことで、新たな雇用の創出や生産性の向上に結びつけられるのです。
業務の見直しを行うのが必要だと理解すれば、テレワークに向いている/向いていない業種というものは実はないと気づくはずです。よくIT企業ならテレワークが導入しやすく、製造業は難しいと言われていますが、実際には必ずしも正しいとは言い切れません。一例として、当社が山梨県の100人規模の部品メーカーで導入を支援させていただいた例を紹介します。
その企業は、障害者雇用もテレワーク導入も初の試みでしたが、生産性の向上を目標に取り組むことになりました。目標達成に向けて、社内の全部署からプロジェクトメンバーを招集して業務の洗い出しを行いました。当初は、事務系や管理系の仕事にテレワークにふさわしい業務があると考えていたのですが、製造現場でピッタリの仕事が見つかったのです。具体的には品質保証の業務で、工学部出身の専門知識のある人材が行っていたのですが、その中にデータをExcelに張り付けて格納するというルーティンワークがありました。もとは一人ひとりが別個に行っていたのですが、集約すると2人分の業務量になり、テレワークのメンバーが従事する十分な業務として創出することができたのです。
同社ではその業務をテレワークで行うことを決めて障害者を採用し、品質保証のスタッフは専門性の高い業務に専念できるようになりました。結果、生産性向上の目標は達成できたのです。
このように、業務の見直しを行えば業種に関わらずテレワーク導入の可能性が広がるはずです。「現場の仕事がほとんどだからウチには無理だ」と思っていても、意外と最適な業務が出てくるものです。ぜひ一度、業務の見直しを行ってみてください。
”報連相”の能力は、オフィス勤務よりも必要になる
「テレワークにはどのような人材が向いているのか?」という質問も、よく尋ねられることです。先ほども少しお伝えしましたが、テレワークだからといって特別な能力やスキルが求められるということはありません。募集する仕事ができるスキルはもちろん必要ですが、重要なのは、職業準備性、障害受容、自律性で、オフィス勤務で障害者を雇う場合と変わりなく、同様の基準で面接・採用を進めても問題ないでしょう。
オフィス勤務に比べてより求められるとすれば、“報連相”(報告・連絡・相談)がしっかりとできることでしょう。テレワークの場合はオフィス勤務とは異なり、基本的にスタッフの顔を終始見ているわけではありません。目の前にいれば、体調が優れなかったり困ったことがあったりしたら、周囲が気づき声をかけることもできます。しかし、テレワークの場合、自ら発信する必要があります。テレワークですと声をかける最初の手段がチャットなどになりますので、相手の様子をうかがってタイミングよく声をかけるという配慮が不要になります。この点は、テレワークならではのメリットと言えるでしょう。
時々、コミュニケーションが苦手だからテレワークを行いたいという声を聞きますが、テレワークだからといって没コミュニケーションになるのではありません。一口にコミュニケーションと言っても対象は幅広く、例えば、雑談や初対面の人と打ち解ける能力も含みます。テレワークではたらく上で、雑談する能力は必ずしも必要ではありませんが、自ら報連相を行う能力はオフィス勤務以上に求められます。コミュニケーション能力が必要または不要と安易に言ってしまうと誤解を招きかねませんので、業務上どういうコミュニケーションが必要になるかを明記しておくことは大事です。
テレワークの形態は完全在宅勤務とは限らない
障害者雇用におけるテレワークだからといって、必ずしも完全在宅勤務である必要はありません。テレワークには、在宅勤務のほか、サテライトオフィス勤務やモバイル勤務も含まれます。完全在宅勤務にするか、週、あるいは月何日かはサテライトオフィス勤務を入れた形態にするのか、本人の希望もあわせて事前に決めておくといいでしょう。ただし、その場その場で決めたり、どちらでもいいと判断を任せてしまうのではなく、あらかじめ決めておいた方が良い場合もあります。例えば、精神障害のある方が「降雪で通勤が困難な場合は出社不要」と指示され、どれだけ雪が降れば通勤が困難と言えるのか判断しきれず、眠れなくなったという話もあります。
ある企業では、同じ地域に住む2人の障害者を雇用していて、週のうち4日間はそれぞれ在宅勤務ですが、週1日は、近くの会議室を借り、そこでサテライトオフィス勤務にしています。通常は在宅勤務をしている2人が、顔を合わせて仕事をする場を持つメリットとして、お互いの連携やチームワークの向上、企業への帰属意識の高まり、業務の進め方の効率化など、多くのメリットが出ているようです。また、中には、障害特性もあり、ずっと在宅だと不安なので、週何日かはオフィスのような場所へ出勤したいと希望される方もいらっしゃいます。あるいは、季節性の障害のため、普段はオフィス勤務で、体調不良の時期だけ在宅勤務という対応をしている企業もあります。本人の特性や希望にあわせ、それぞれにあった働き方にするほうがいいと考えられます。
在宅勤務の場合は、オフィスに出てこない分、何らかの形で、会社やチームの一員であることを意識してもらう工夫は求められます。例えば、仕事中は社員証をつける、合同の朝礼を行う、社内イベントにはオンラインで参加してもらうなど、接点を増やしてつながりを感じてもらうようにするのは大切です。仕事の依頼をする時と納品の時にしか会社とのやり取りがない業務委託のような形で雇用した企業もありましたが、長続きしませんでした。会社とのつながりを感じられなかったことが退職の理由でした。
このほか、家族の理解を事前に取っておくのは、有効な施策の一つです。家にいると、仕事中でも休日の感覚で家族が声をかけることがあります。仕事に集中するのが難しくなりますので、会社側から家族に対し、テレワーク勤務説明書などを渡したり、家族からの承諾書をもらったりするのも良いでしょう。
セキュリティ、情報漏洩のリスクは本当にあるのか?
テレワークで頻繁に取り上げられるのがセキュリティの問題です。しかし、結論から言うと、テレワークで情報漏洩のリスクが上がった、情報漏洩が増えたということはありません。機密情報や個人情報を扱う際には、例えば、パソコンに覗き見防止フィルターを付ける、メールにファイルを添付しない、ローカル環境で作業しないなど、社内でルールが決まっていると思います。テレワークでもその決まりに準じれば、大きな問題に発展することはまずないと断言できます。
ただ、対策としては「情報のランク付け」をすることが有効です。一口に機密情報、個人情報と言っても、その機密性や重要度には違いがあるはずです。一緒くたにしていては、オフィスの外で業務するのが困難になりかねません。中には、絶対に外には出せない情報もあると思いますので、そうした一部の情報は社外のパソコンからはアクセスできないようにするなどの対策を取っておきます。
設備面のことで言えば、自社内に持ち出し可能なノートパソコンがあれば、それだけで十分と言えるでしょう。新たにコミュニケーションツールをそろえなければならないと懸念するかもしれませんが、最近は安価で使える、非常に優れたアプリケーションソフトがたくさん出ています。大がかりな投資はあまり必要ありません。また、社内を探してみれば、活用されていないコミュニケーションツールが見つかるケースが少なくありません。会社用のパソコンのデスクトップをよく見ると、使われていないソフトがあるのではないでしょうか。それらを有効に活用すれば、ほぼゼロの投資でテレワークが始められます。
テレワークもオフィス勤務も、同じ評価制度を使う
テレワークでは、評価の仕方が難しいと感じるかもしれません。しかし、評価が難しいというよりは、見直してみると「これまで評価をしていなかった」ということが明らかになる場合があります。目の前にスタッフがいると、しっかりと出勤しまじめに勤務していれば、ただそれだけで頑張っていると評価しがちです。しかし、テレワークではそのマネジメントスタイルでは評価できません。仕事の成果を正当に評価しなければならないからです。現状では、障害者の評価制度を持っていない企業も少なくないと思います。何をもって仕事の成果とするか。業務の進捗が見えないのであれば、見える化する手法を考えてみるなど、テレワークの導入をきっかけとして、一度評価のあり方を見直してみるのは有効ではないでしょうか。
その際、テレワークとオフィス勤務で評価制度を別にしないことが非常に重要なポイントです。業務内容が異なれば、給与に差はつきます。それは当然のこととしていいのですが、評価制度は同一にしなければなりません。オフィス勤務では目標設定をして月に1回振り返りをしているのなら、テレワークも同様にします。一定の評価を受けたら契約社員から正社員に切り替えるという制度があるなら、勤務体系に関わらず適用します。オフィス勤務者に比べてテレワーク雇用者の評価が低くなる結果に繋がることは、絶対にやってはいけないことです。
はたらく機会を広く提供できるのがテレワーク
テレワークの最大の効果は、居住地や障害に関わらず、選択肢の一つとしてはたらく機会を広く提供できることです。地方に住んでいると、自分の希望する職業に就けないことが少なからずあります。そうした距離による差を埋めるツールがたくさん出てきました。地方にいながらにして、希望する仕事に就ける機会は、今後ますます増えていくのではないでしょうか。家から出ることができない人にとっても、テレワークははたらくまでのハードルを下げることができます。はたらく意欲を持った人の背中を押すことができますし、社会に出てはたらくきっかけを作ることもできます。
全国には人材不足で困っている企業がたくさんあります。今後、人口減少がますます進む中で、人材の確保はより困難になっていくでしょう。今は雇用率達成のためだけに障害者雇用を進めることが多いのが実情です。しかし、テレワークのメリットを活かしながら、戦力確保のための障害者雇用にするのが理想の一つです。
最後になりますが、近年、働き方改革の注目が高まる一方となっています。改革で推し進めている生産性向上や業務効率化について、テレワークはかなり有効な施策となるはずです。その観点からも、社会への貢献は少なからずあると考えています。
もちろん、テレワークがすべての問題を解決するとは思っていません。例えば、どうしても現場に出なければ成り立たない仕事は多くあり、そうした仕事を希望する人にとっては、テレワークでの解決は困難です。また、認知が広まっているとはいえ、地域による温度差があり、正しく理解されていないことも多々あります。テレワークに関する正しい理解を広め、テレワークを希望するすべての人がテレワークを選択できる環境にすることが、私たちの役割だと捉えています。
※所属・役職は取材当時のものです