民間企業の法定雇用率は2024年4月から2.5%、2026年7月には2.7%と段階的に引き上げられます。企業は、厚生労働省から求められている障害者の“戦力化”(雇用の質向上)への対応に加え、労働人口の不足や持続可能な事業継続を見据えた人材戦略が必要とされています。

パーソルダイバースでは2024年8月、企業の障害者雇用担当者に対し「障害者雇用方針の変化と展望」に関する調査を実施しました。その結果、障害者を取り巻く環境や社会的潮流の変化により、雇用方針や考え方に変化が生じていることが分かっています。

この記事ではアンケート調査をふまえて、当社で企業の障害者雇用支援にあたる担当者が、支援現場で耳にする企業側の課題感や本音、今後の障害者雇用の在り方について解説します。

パーソルダイバース株式会社
人材ソリューション統括本部 人材ソリューション本部 人材紹介事業部 コンサルティング事業部ゼネラルマネジャー
鈴木 紀子

2014年入社。当社で障害のある社員の雇用管理や環境整備に携わった経験を活かし、現在は法人企業向け障害者人材紹介およびコンサルティングサービスの責任者として、雇用戦略策定から組織構築、採用、定着までを幅広く支援している。

目次

障害者雇用の方針は「法令順守」から「戦力化、業務貢献」へと変化

まず注目したいのは、企業の障害者雇用方針に変化が生まれつつあるという点です。調査では現在の障害者雇用の方針について、7割(70.8%)の企業が「法令順守(法定雇用率の達成)」に重点を置くと回答しました。しかし一方で、将来的には4社に1社(25.3%)が「自社の収益業務に貢献(戦力化)」することに方針を転換する意向があると答えています。
当社がご支援する企業のなかでも、このような考えをお持ちの企業が増えています。以前は“短期的”な視点、言わば「目の前に課された雇用率を達成する」といった視点で取り組む企業がほとんどでしたが、“長期的”な視点、つまり「企業活動を支える戦力人材と捉え、活躍を促す」という視点で捉えている相談が増えてきています。

事業継続性の観点から、障害者人材の活躍推進は避けられない

その要因としては、厚生労働省の「戦力化」要請やESG、人的資本開示による影響もありますが、企業が取り巻く事業環境、社会的潮流による労働市場の変化によって「事業継続性を見据えた従業員確保」が急務になっている からではないかと思います。事業を継続させることと社員の雇用長期化を考えた際に、新たな人材を採用することより、在籍している社員が長期的に就業し活躍し続けられること、どのような環境でも活躍してもらえるよう配慮することを重視する必要が生じている。その結果として、企業の雇用方針が障害者雇用促進法の理念に合ってきたと言えるのではないでしょうか

法的義務だけでなくサステナビリティ(持続可能な事業・企業経営)観点で雇用を進める傾向は今後も高まると思われます。大企業にとっては障害者人材の活躍は企業評価の指標になっていくでしょう。また中小企業では戦力として貢献できるなら障害は関係なく採用するという企業も増えています。採用した人材が長くはたらき、活躍できるための試行錯誤が続くでしょう。

障害者人材に求める資質や技能に変化

調査では採用する人材別に「求める資質や職能・配慮事項の方針」について聞いています。自社の収益業務に貢献する人材に対しては、「スキルや業務遂行能力」「配慮は最小限で、一般社員と同じ環境ではたらけること」を重視し、自社やグループのユーティリティ業務に貢献する人材には、「体調や勤怠の安定・周囲との良好な関係性」「体調や精神面の安定を重視した配慮」を重視するという傾向が表れています。

障害者が活躍できる環境整備や配慮は必要。従来のやり方を変えることも

10年ほど前までは、とにかくはたらく機会や場所を用意し、そこに障害者が入ることがゴールと捉えていた企業が多かったのですが、現在では価値観が変わり、障害者も企業を構成する人材として捉え、人材に必要な環境整備や配慮を提供するという、本来の人材戦略の在り方に変化してきたと言えます。
しかし、配慮への考え方については注意が必要です。企業としては、収益貢献のための人材に対しては「これまでの仕事のやり方の中で、ある程度自律的に仕事してほしい」「自分たちのやり方を変えなくても活躍できる良い人材がいれば…」という期待が根底にあると思われます。しかし、収益業務に限らずどのような業務であっても、手帳を保持する障害ある社員に対する配慮は必要です。スキルを活かして活躍するうえで配慮は大切であり、そのためには従来の考え方や環境、仕事のやり方を変える必要もあるかもしれません。自分たちのやり方ではなく、人材一人ひとりが活躍するうえで必要なことに目を向けることが大切ではないでしょうか。

今後の法定雇用率達成、半数以上が「困難」

2026年に予定されている法定雇用率2.7%引き上げについて聞いたところ、6割弱(57.9%)の企業が「達成は困難」「やや困難」と回答しています。達成困難の理由としては「障害者採用が売り手市場により激化」「身体障害者を中心に高齢化が進み、退職者が増加」など、採用や定着への課題が上がっています。

法定雇用率達成のための「近道」はない

当社がご支援している企業のご担当者からも「2.5%も高い数値で、なんとか達成している状態だが、2.7%は難しい」という見方をされ、早々にご相談いただくことも少なくありません。特例子会社の場合は、今後は特例一社に雇用を依存することは難しいので、本社での採用を増やすか、もう一つ特例子会社を設立するか、の2択で検討しているという声を耳にします。特例子会社のない企業では、部門ごとに受け入れ人数を増やしたり、新たに受け入れ可能な部署を増やす取り組みをされているところが多い印象です。

また、業務切り出し・創出ができないという課題も増えています。たとえば会社全体でシステム投資による業務自動化を推進している企業の場合、業務に必要な人材や業務そのものが不要になるため、障害者のための業務を創出することが難しい。業務が用意できないため人材の採用も増やせない状況にある企業も少なくありません。そうした企業では、単純なPC業務がなくなる代わりに、その後ろに続くIT業務に従事する人材を、アウトソースではなく社員に従事させる、そこを障害のある社員が担う、というケースも生まれています。

2.7%達成のための近道や“伝家の宝刀”のような解決策はありません。2.7%の達成のためには、雇用市場の主力層である精神、発達障害者の採用を進めることに加え、既存のマネジメントや配慮、人事制度の在り方などに変化を加えることも伴います。それは収益業務への貢献であっても、ユーティリティ業務貢献であっても同じです。雇用達成の“近道”はなく、外部の知見やノウハウを活かし、自社の環境に沿った採用や雇用施策を進めていくことが有効でしょう。

障害者雇用も、企業は人材から選ばれる時代へ

今回、調査にご協力いただいた企業からは、障害者を“雇用率達成のための人材”から“企業活動を担う人材”としてとらえ、“企業成長のための投資”として雇用に取り組む姿勢が垣間見えます。障害者は人的資源ではなく人的資本であり、障害者雇用は企業活動のための”投資”と捉えることができる。今後、多くの企業で、こうした傾向が高まっていくと思われます。

これからの障害者雇用は、法定雇用率が上昇するからだけでなく、企業の事業継続性のために取り組むものに変わっていくでしょう。また、労働市場の変化によって採用競争が激化し、採用が難しくなることも予想されます。今後は一般採用と同じく、企業は障害者人材から選ばれる時代になるでしょう。

私たちは今回調査に協力いただいた企業のように、企業成長や社会的価値の達成に繋がる障害者雇用を支援していきたいと思っています。採用対象の拡大や業務創出、活躍・戦力化のためのマネジメント構築には、それまで自社に蓄積されていないノウハウが必要になることもあります。パーソルダイバースでは採用支援や入社後の定着支援、研修、人事評価制度設計など、企業の課題に応じて支援していますので、ぜひ私たちのノウハウを活用してほしいと思います。