法制度の改正や社会の様々な体制整備が進んだこと、社会的認知の広がりによって若年層の発達障害者が急増しており、今後の新規採用市場の中心とみられています。
しかし採用に踏み切れない企業が多く見られます。雇用に躊躇する理由の一つは「理解不足」で、接し方や任せる業務、マネジメントなどが分からないという声は少なくありません。
そこで、学生や若年層の発達障害者の雇用拡大・活躍のために、取り巻く環境や実態、問題点と、雇用後の活躍のために必要なことについて、2回にわたって紹介します。

東京通信大学 人間福祉学部 教授
松為 信雄

早稲田大学大学院心理学専攻科修了後、職業研究所(現・労働政策研究・研修機構)研究員、高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター主任研究員の後、東京福祉大学、神奈川県立保健福祉大学、文京学院大学の教授を経て現職。
内閣府障害者政策委員会委員、文部科学省特別支援教育総合研究所運営理事外部評価委員長、日本職業リハビリテーション学会顧問、日本精神障害者リハビリテーション学会常任編集委員等を務める。

目次

発達障害のある学生は今後も急増する

発達障害のある学生は間違いなく増えています。独立行政法人日本学生支援機構の調べでは、2008年度は299人でしたが、2013年度は2,393人、2018年度には6,047人と急増しています。

出典:独立行政法人 日本学生支援機構 「平成30年度(2018年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査」

急増している背景には、2004年に制定された発達障害者支援法や2016年の法律改正によって、障害が定義されたことや教育機関での支援体制が進んだこと、障害の診断技術や機会が増えたことがあげられます。この子も実はそうなのではないかと親や学校の教員が気づき、障害認知にもつながりました。この数値は診断書のある学生についての統計ですが、診断を受けていない学生や、障害特性の自覚がない学生などを含めると、実際には更に多いでしょう。

教育現場から…学校生活、進学までの誤解やつまずきとは

一口に発達障害と言ってもその特性や程度はさまざまです。このことが、発達障害者の学習や就労を難しくしている大きな要因の一つです。程度が軽いと、他の人と同様に扱っていいのではないかと自分自身も周囲も誤解します。また、本人が障害に気づかずに、なんとなく生きにくさを感じているケースも少なくありません。

進学に関しては、程度の重い子は特別支援学校に進み、程度の軽い子、または障害者のレッテルを張られたくないと考える親を持つ子たちは、一般の学校に進む傾向があります。後者の子どもたちは障害がありながら学校生活を送るため、学習面以外での問題…人付き合いがうまくできない、周囲とうまく馴染めない、など…が起こり、そのことが自尊感情を大きく低下させます。親御さんは、子どもに問題が起これば起こるほど「他の子に比べてハンディがあるのだから、せめて上の学校へ」と大学への進学を望みます。ほぼ100%の親がそう考えると言っても過言ではありません。

大学生活…発達障害のある学生は、科目登録の段階でつまずく

本人の自覚があるなしは別にして、「大卒になれば何とかなる」の発想のもと、大学に通う発達障害の子は増えています。では大学へ進学するとどのような問題が起こるのでしょうか。

大学の支援体制は整備されつつありますが、すべての大学で十分な支援が受けられるとは限りません。例えば大学はキャリアセンターを設置していますが、基本的には就職支援で3、4年生を対象としています。ところが発達障害の学生の多くは入学時の科目登録の段階でつまずきます。煩雑な手続きに四苦八苦してしまい、思うような履修ができないのです。
このため、本来は入学してすぐからの、特に科目の履修登録などの学習支援が必要になります。なぜなら、放っておけば十分な単位が取れず、満足のいく学生生活が送れないまま3年4年へと進級することになり、就職活動時にキャリアセンターを訪れる時には、卒業に必要な単位の取得がままならない状況になっているケースがとても多いのです。

生活支援を含め、発達障害のある学生へのサポートは徐々に広がっていますが、やはりごく一部に限られます。多くの場合は、何のサポートも準備もないまま時期が来れば学校という保護された世界から放り出されます。何とか卒業して運よく就職できたとしても、直面するのは厳しい現実です。社会生活の難しさ・厳しさを知り、耐えきれなくなってドロップアップしてしまう。これが発達障害のある学生が置かれている現状です。

生き方を考え、必要なサポートを知る教育機会の提供を

今、発達障害の子たちに必要なのはキャリア教育です。それも、単なる職業訓練としてのキャリア教育ではなく、自分の生き方を考え、自分にどんなサポートが必要かを知る教育です。

特別支援学校では、高等部の1年生から生涯にわたってはたらくとはどういうことなのかを体験を通じて系統立てて学びます。ところが一般の高校ではそのような機会がないため、社会に出てから苦しい思いをすることが少なくありません。
一昔前は偏差値の高い大学に入りさえすればいい会社に就職でき、レールに乗って将来は安泰という価値観があったでしょう。しかし今は時代が変わり、キャリアに関する考えも変わりました。今は自分で自分のキャリアを選択し、形成する時代です。例えるなら、自分で車を運転して目的地へと向かう姿が、今のキャリアのあり方です。

車を運転するには、燃料と目的地までのナビゲーションが必要です。燃料とはモチベーションで、自分なりに将来の目標を立て、動機づけをします。先に明るい未来が描けるから、モチベーションもわきます。ナビゲーションは現時点からゴールまでの道筋で、希望の職に就き、社会生活を続けるための手順やプロセスを示します。

キャリア教育では、目標設定とナビゲーションの支援を実施します。特に、手順やプロセスを自分自身で導き出すのが苦手なのが発達障害者の一つの大きな特徴とも言えますので、ナビゲーションの支援を重視します。この支援を受けながら、発達障害者は最終的には自分に必要なナビゲーションを理解していくのです。キャリア教育を受けると受けないとでは、社会に出てから大きな差がつくことは想像に難くないはずです。今後、発達障害の社会進出と活躍のためには、このような教育機会が求められます。

発達障害を「情報処理の特異性」と捉える

発達障害者と向き合い就労や学習の支援する際に、心得ておくべき大切な考え方があります。それは、発達障害には「情報処理の特異性」がある、ということです。この情報処理の特異性に目を向ければ、とらえどころのなかった発達障害について、一気に理解が深まるはずです。

発達障害は医学的にはLDやADHD、ASDなどと診断されますが、そうした分類は支援の観点からはあまり重要ではありません。医学的な分類がわかったところで、そのことが実際の生活のしづらさに直接的で具体的な支援の手掛かりを与えてくれるとは限らないからです。
それよりも、発達障害の人たちは情報処理の仕方が健常者とは異なる特性(=特異性)があるのだと理解することが極めて重要になります。

発達障害の人たちは、健常者と同じものを見ても、脳の中で異なる情報処理がされ、違った解釈を導き出します。インプットが同じでも、脳で異なる情報処理がされるので、当然、アウトプットも変わってきます。例えば、資料を渡された時に、発達障害者は単なる紙と見るかもしれないし、まったく違うものを想像するかもしれません。一人ひとり、脳での情報処理が異なります。それが個性とも言えます。

しかし、インプットの仕方次第で、アウトプットを健常者と同じにできるのです。つまり、異なる情報処理を導かないような情報の提示の仕方をすれば、パフォーマンスが周囲と同等になる。これが、学習や、企業ではたらく上での最大のポイントとなるのです。

私は、親子のコミュニケーションでも情報処理の特異性への理解を持ってほしいと思っています。“障害”という言葉にはどうしてもマイナスのイメージが付きまといますが、劣っているのではなく、情報処理の仕方が変わっているだけなのです。そう伝えられた子どもは、とても安心します。周囲とうまくいかなかったり勉強が思うようにはかどらなかったりしたのは、能力が劣っていたからではく、情報処理の仕方が違ったからだと納得できるからです。気持ちの面でも、随分と楽になると思います。
20代30代で発達障害と診断された方も、自分は劣っているのではなく、情報処理の仕方が他と異なるのだと捉えてもらいたい。そうすれば、自分の身にこれまで起こったことが理解できますし、対処の仕方も見えてきて、安心できるのではないでしょうか。 雇用する側も、社内や職場の社員に理解を促すために、情報処理の特異性ということを伝えてほしいと思います。

自分自身の取扱説明書を作る

発達障害の支援には、特異性を排除する情報の提示の仕方が重要だとお伝えしました。同時に、発達障害者は自分自身でも、自分の特性を把握しておかねばなりません。つまり、どんな情報のもらい方をすれば周囲と同じパフォーマンスを発揮できるようになるのか、理解しておく必要があります。ここで先ほどのキャリア教育の話がつながってくると思います。

就職する際には、自分にはこういう支援が必要だと企業側に提示することができれば、入社後にスムーズに仕事に入っていけますし、企業側も支援の内容がわかり、安心して雇い入れができるようになります。私は、学生には、履歴書と同時に自己紹介の文書を提示してその中に、自分自身のナビゲート方法を明記しなさいとアドバイスしています。言ってみれば、「自分の取扱説明書」を作っておくことで、就職が有利になるのはもちろん、会社で仕事をすることに過剰に恐れを抱くこともなくなります。また、企業が「合理的配慮」を提供する際の重要な情報源となります。

また、学生たちは会社の先輩や同僚たちとのコミュニケーションをとても心配しています。発達障害者は総じてコミュニケーションが苦手ですが、企業が一様に高いコミュニケーション能力を求めているのではないことを知って頂きたいと思います。以前は、社員は家族などと言って、仕事を離れた場面でもコミュニケーションが求められる場面がたくさんありました。しかし、今はそうした企業ばかりではありません。極端な話、仕事以外ではコミュニケーションを取らなくてもいいのです。企業側が求めるのは、最低限度、仕事を進めるうえで不可欠なコミュニケーションだとわかれば、発達障害があったとしてもはたらく上で気持ちがとても楽になりますし、企業にとっても一つの採用基準が確立されることになるでしょう。
※所属・役職は取材当時のものです