法定雇用率の上昇や雇用市況の変化によって、精神障害者の採用ニーズが高まる中、企業からは「欲しい人材がいても採用できない」「良いと思った人材がいても、条件面で他社に取られてしまう」といった声が聞かれます。
今後、自社が求める人材を採用するためには「障害者から選ばれる企業になること」が大切です。そこで今回は、知名度や年収額などの条件に限らず、障害者の入社意向を高めるためには何をすべきかについて、当社で精神障害者の就職支援を行っているキャリアアドバイザーや、当社で精神障害者の採用を担当する人事担当者の話をもとに考えてみます。
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精神障害者が企業を選ぶ際に重視することは
精神障害者が企業選びの際に重視していることは何でしょうか?当社で精神障害者の転職支援を行っているキャリアアドバイザーの話を紹介します。
私達は、求職者一人ひとりの「はたらく目的や、転職で叶えたいこと」を把握し、それを達成するためにはどのような条件を優先すべきかを、ご本人と繰り返し話し合って一緒に整理していきます。そして、その意向にマッチする求人をご紹介しています。
希望条件の優先順位は転職活動を重ねる中で入れ替わることがありますが、はたらく目的から反れていないかを、都度確認するようにしています。
精神障害のある方が企業を選ぶ際に重視するポイントは、一人ひとりの志向や職務能力によって異なります。
キャリアアップを目指したい方や収入面を重視される方は、一般雇用と同様に、評価制度や将来のキャリアアップの可能性、教育研修制度の有無などが重視されます。また業務内容も、新たな業務や、責任や難易度の高い業務にチャレンジできる可能性があるかという点も、大切なポイントになってきます。
一方、「長期就業できる」「安心してはたらける」ことを目的とされる方は、以下のようなポイントを重視する方が多いようです。
- ■精神障害者の雇用実績
- 精神障害の雇用実績がある企業は、社内の障害理解や制度、配慮が十分に整っている可能性が高いと考え、重視する方が多くいます。雇用の有無だけでなく、配属予定の部署には何名の精神障害者がはたらいているか、自分と同じ障害のある社員がいるかを確認する方もいます。
- ■支援体制や、専門資格を持った支援担当者の有無
- ジョブコーチや精神保健福祉士などの専門資格を持った担当者が在籍しているか、不安や悩みを相談できる窓口があるかを確認される方も多いです。
- ■時短勤務や時差出勤などの、就業時間の柔軟性
- 通院や体調、勤務時間を柔軟に変更することが可能かどうかは重要なポイント。とくにパニック障害や不安障害などがある方は、柔軟な対応を重視する傾向にあります。
- ■就業環境や業務内容
- うつや双極性障害、不安障害のある方の中には、職場実習や職場見学を希望される方も多いです。また、職場の人間関係や業務(負荷はどの程度発生しそうか、変動性の高い作業はどの程度発生するか、など)についても大切なポイントと言えるでしょう。
従って、選考時には「一人ひとりが企業選びやはたらくことに何を求め、重視しているのか」を確認することが大切でしょう。その上で「自社ではどのような人材を求めているのか」「自社ではたらく上で何を期待しているのか、どうなってほしいのか」「求める配慮や環境などを、どこまで、どのように提供できるのか」をしっかり伝え、理解してもらうことが大切ではないかと思います。
採用活動の中で入社意向が高まり、採用に成功した例
前述した通り「自社でどのように活躍してほしいか」「その人にとって本当に大事なことを、自社は提供できる」ということがしっかり伝わることで、企業への理解や共感が深まり、入社意向が高まるケースが多くあります。キャリアアドバイザーがこれまでご支援した中から、採用活動の中で意向が高まり、採用に成功した事例を紹介します。
発達障害(ADHD)のあるエンジニアの方は、キャリアアップと生活面での自立を目標に「年収アップ」と「企業のネームバリュー」を重視され、IT企業への転職活動を続けていたものの、二次面接でお見送りになることが続いていました。
そのような中、ある従業員数150名程度の中小企業から選考の機会を得ることができました。面接前の時点では意向は決して高くはなかったようでしたが、面接で、採用ご担当者が「配慮の大切さ」について語ってくださったそうです。障害や制約があっても配慮があれば活躍できることを熱心に話され、どのような配慮や環境があれば安心してはたらき続けられるのかを徹底的にヒアリングされたようです。
はたらくことや必要な配慮を一緒に考える姿勢を見せてくれた面接官の人柄や、就職の先にある未来、この企業で自身がはたらき活躍する姿を思い描くことができ、「ぜひこの企業ではたらきたい」という強い意志が生まれたそうです。
選考の結果、当初の希望条件が合わずお見送りとなるところでしたが、ご本人から「年収の条件額を下げても構わない、なんとか再考していただけないか」という強い申し出があったため、採用ご担当者にご相談した結果、内定となりました。
また、発達障害(ASD)のある女性は、アパレル企業で倉庫軽作業に従事していましたが、マルチタスクの処理を苦手としていため、必要な配慮を求めたり支援機関に相談したものの改善が見られなかったこと、上司が変わったことがきっかけで仕事にやりにくさを感じたことから、転職を希望されました。転職にあたっては「年収」と「自宅からの通いやすさ」などを優先条件としていました。
この女性には、精神障害者の雇用実績がある大手金融機関のお仕事をご紹介しました。面接で「どのようにはたらき、活躍してほしいか」という前向きな話し合いができたことで、この企業への就業意向が高まったようです。自宅からは距離のある都内への配属となりましたが、女性側の強い希望で採用が決定しました。面接を担当された方は「過去がどうだったか」より「これから先の未来、自分はどうはたらくべきか」という視点を大切にされる方で、将来のために候補者に必要なことは何かを第一に考えてくれる姿勢が、入社意向に繋がりました。
配慮の大切さ、一緒に考える姿勢が求職者の意向を上げる
この二つの事例に共通しているのは、障害やはたらくことへの前向きな捉え方と、はたらく上でのサポート(配慮)を大切にする姿勢、こうした会社としての考え方が候補者に伝わったということだと思います。それによって、障害のある方も「自分はこの会社で活躍できる」という前向きな気持ちが高まり、年収やネームバリューといった優先条件に合致していなくとも、入社したいという意向が高まったと言えます。
精神障害者から選ばれる企業となるために
精神障害者から選ばれるために、企業側が押さえておくべきことは何でしょうか?
まず、雇用市況が変化し、精神障害者の採用ニーズが増えていることから、企業と求職者は「選び・選ばれる」関係になっているという現状を理解しておく必要があります。「法的義務のために採用している」という姿勢や、事務作業的な面接では、求める人材の採用は難しいと言えるでしょう。
面接では、先ほど紹介した金融機関の例のように「なぜあなたを採用したいのか」という理由や「自社で安定してはたらき続けてほしい」「活躍してほしい」といった希望を伝えることも大切です。また、面接後のフィードバックが丁寧であるほど、転職希望者の印象も大きく違ってくるようです。
精神障害者の雇用実績がない企業は、まずは必要な配慮が比較的少なく、安定して就業できる方を採用するのが良いと思います。さらに、入社前に配属先への研修や説明会を実施し、障害および個人への理解を深めておくことも大切です。人事内だけでなく全社的に障害への理解が深められているかどうかは、雇用後の定着において重要なポイントとなります。配属現場に理解が浸透できている企業は雇用が安定している傾向があります。
パーソルダイバースの精神障害者採用の取り組み
障害者の意向を高めるために、企業側はどのような工夫ができるでしょうか?当社パーソルダイバースの採用の取り組みをもとに考えてみます。
当社はパーソルグループの特例子会社として、グループの障害者雇用に取り組んでおり、精神障害のある社員が多いのが特徴です。当社の採用担当の話を紹介します。
選考を通じて伝えている4つのこと
当社は全社員の半数以上が障害のある社員ですが、障害のある社員のうち2/3が精神障害のある社員です。グループ全体の成長に伴い毎月5~10名の障害者を採用していますが、就職一年後の定着率は90%以上を維持しています。
求職者が企業選びに求めるポイントは様々ですが、私達が提示できる条件には限りがあり、年収額や雇用形態などの点で、すべての方の希望を満たす条件を提示できるわけではありません。そのような中、私達が大切にしていること、求職者に伝えているのは「実績」「安心感」「やりがい、はたらく価値」「成長、未来志向」の4点です。
選考活動の内容は、他の企業や一般雇用枠の選考とほとんど変わらないと思います。障害者雇用だから特別なことをやっているわけではなく、この4点を、選考フェーズにあわせて伝えています。
「実績」という点では、例えば説明会では「自分と同じ障害のある社員はいますか?」という質問がよくありますが、当社は精神障害のある社員が250名ほどおり、同じ障害がある方が十分に活躍できている実績を伝えています。最近では障害のある社員に説明会に参加してもらい、業務内容やはたらく様子を直接、生の声として聞いてもらう機会を設けるようにしています。
「安心感」については、例えば業務のミスマッチを防ぐ取り組みとして、入社後にOJT研修を行った上で配属先を決定していることを説明しています。
また、定期面談の機会があることも伝えています。精神障害のある方の中には、自分が抱えている不安や不満を周囲に相談できない方も多いため、定期面談があることは不安の払しょくに繋がります。
「やりがい、はたらく価値」という点については、当社のミッションや、障害者雇用に対する考え方を必ず説明するようにしています。当社は「障害者雇用を、成功させる。」というミッションを掲げており、障害のある社員一人ひとりが障害者雇用の成功例となることを目指し、日々はたらいています。こうした話をすることで、当社ではたらく意義ややりがいを感じてもらえるケースも多いです。実際に、このミッションに共感して入社を決めたという社員が多くいます。
「成長、未来志向」という点は、キャリアプランや人事評価制度について説明するようにしています。説明会では概要のみで、選考が進んだ段階で具体的な内容を説明します。入社時点では業務内容や評価が意向どおりのものではなかったとしても、成長やキャリアップを描くことができることを理解してほしいと思っています。
自分達を理解し、姿勢を伝えること
私達は、パーソルグループの一社という一定のネームバリューがあるかもしれませんが、それによって問題なく採用活動ができているわけではありません。それよりも、自分達がどういう会社で、どのような社員が多く活躍しているのか、どんな方を採用したいのかを、自分達がよく理解していることが大切なのではないかと思います。その上で、採用活動の様々なフェーズで、求職者一人ひとりが重視することや不安に思うことに対し、企業としての姿勢や社員に提供できることを伝える、それが、採用の成功に繋がるのかもしれません。