障害者雇用を進めるにあたって最も多く聞かれる課題の一つに「業務創出・切り出し」があります。当社にも「任せる仕事がない」「専門性の高い業務ばかりで切り出せない」「障害者を配置した経験のない部署での業務の創出方法がわからない」といった相談が多く寄せられます。業務切り出しは、障害者雇用のポジション創出のみならず、企業の生産性向上にも繋がる取り組みです。そこで今回は、採用活動や雇用後の定着、活躍に繋げるために、障害者を雇用する際の業務切り出しの方法を、事例を交えてご紹介します。
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障害者雇用も業務から考える
障害者雇用を進めるにあたって大切なこと、それは「業務から考える」ということです。
一般雇用の場合、該当する業務や配属する部署があることを前提に、その業務を担える能力・知識経験のある人材を探すというのが一般的でしょう。
しかし、障害者雇用の現場においては、法定雇用率達成のため、業務よりも必要な人数を採用することが優先されることが多いのが現状です。そのため、「業務と本人の特性とのマッチングがうまくいかない」「雇用した社員に業務を与えられず、何をしてもらうのが良いか分からない」といった課題が発生し、結果として休職や早期離職に繋がることも少なくありません。
障害者雇用においても一般雇用と同じく、「業務」優先で考える事が望ましいでしょう。障害者が担う業務を先に決め、その業務に従事可能な方とはどのような人材か…障害特性や志向、必要な能力や配慮を人材要件として定めるのが基本です。
障害者が担う業務とは
前提として、障害者が担う業務は障害者一人ひとりの特性や志向、能力によって異なりますが、これから雇用を本格的に進めたい企業や数多くの人材を採用したい企業は、まずはどのような方でも比較的取り組みやすい業務から考えてみましょう。
具体的には、次の7つに該当する業務から検討すると良いでしょう。
<はじめに検討したい7つの業務>
- 難易度の低い業務
- 高度な判断や意思決定の必要がなく、誰が行っても同じ結果になる業務
- 納期が比較的緩やかな業務
- スポットではなく定常的に発生する業務
- 専門的な知識を要さない業務
- 顧客や他部署などとの交渉や調整が少ない業務
- 一度覚えてしまえば、同じことを繰り返して進められる業務
例えば、営業部門の業務を例としてあげると、次のような業務が該当します。
- 提案資料・見積作成
- 顧客情報管理
- 顧客資料のファイリング
- 顧客電話応対
- 商品資料送付
先に上げた7項目の業務に該当するのは、「顧客情報管理」「顧客資料のファイリング」「商品資料送付」となります。
- 顧客情報管理
- 顧客資料のファイリング
- 商品資料送付
ただし、障害の特性や志向は一人ひとり異なり、上の7つ以外の業務を担うことも十分可能です。あくまで、任せる業務がない場合や、新たに切り出す必要がある場合の優先順位として候補に挙げておくと良いでしょう。
業務の切り出し手順
- 部署を選定する
- 業務を洗い出す
- 業務をマニュアル化・見える化する
障害者が取り組みやすい業務を知った上で、具体的な業務の切り出しを行いましょう。業務の切り出しは上の3つの手順で行います。
部署を選定する
まずは、部署を選定から始めるようにします。「障害者が自律的にはたらける環境があるか」「障害特性を生かしながら担える業務があるか」という視点と、先に紹介した「障害者が取り組みやすい7つの業務」があるかどうかを考えながら、人事側で選定するとよいでしょう。
その後、部門内の業務内容を知るために、事業部や現場の責任者に対して以下の内容をヒアリングします。
- 外部委託している定型業務はあるか?
- マニュアル化されていて、方法が明確になっている仕事はあるか?
- 毎日定期的に発生する業務はあるか?
- 量の多い仕事はあるか?
- 緊急性は低いけれど、余裕があればやりたいと思っている仕事はあるか?
このような確認によって、部署のおおよその業務を見定めることができます。この時点では、対象となる部署を選定するにとどめ、詳細に業務を洗い出す必要はありません。
業務を洗い出す
選定した部署で、どのような業務があるのかを具体的に洗い出し、業務内容の一覧をシートにまとめるようにしましょう。
ある企業の営業部門には、以下の業務があるとします。
- 顧客管理
- 社内調整
- 顧客交渉・リレーション構築
- 見積作成
- 商品サービス紹介・提案
- 契約書作成
- 商品資料送付
- 請求書作成
- 提案資料作成
- アポイント獲得・日程調整
つぎにそれぞれの業務内容を作業レベルで分解します。上記の業務のうち「顧客管理」の業務を作業レベルで細分化します。
- 営業から名刺などの顧客情報収集
- 管理シート作成・記入や管理システム入力
- 営業担当の確認依頼
- 情報修正
- ステータス情報の更新(定期作業)
このように業務内容を作業レベルに分業し、タスク化することで、障害者が取り組みやすい作業が見えやすくなります。
業務を見える化して精査する
それぞれの業務の作業内容を洗い出したら、業務プロセスや、難易度や業務にかかる時間、判断基準などを可視化していきます。
専門的で高度な業務でも、プロセスを見える化することで、必ず切り出せる業務を見つけることができます。「この業務をどのような人材が担うことが適正なのか」という視点で考えられれば、生産性やコストなどを担保した切り出しができるでしょう。
プロセスをもとに、業務マニュアルを作成するとよいでしょう。マニュアルがあることで、障害者が日常の業務を迷わず進めることができます。普段指示している内容をメモでまとめて、それらをドキュメント化し、マニュアルが常に最新の状態になるよう定期的に更新しましょう。
「障害者のためにマニュアルを作る」となると、面倒に思う社員もいるかもしれません。しかし、マニュアル化を進めることで、社内業務全体の標準効率化にもつながる副次的な効果も見込めます。
業務切り出しの注意点
業務の切り出しにはいくつかの注意が必要です。2つの注意点をご紹介します。
障害者向けに切り出す業務の集約窓口は一本化する
複数の部署から業務を切り出した場合でも、業務を集約する窓口や担当者は一本化するようにします。そうすることで、業務を進める障害者が作業で不明点を認識した場合でも相談しやすくなります。また、各部署で対応する必要がないため、現場で混乱が生じにくく、作業が滞る問題も解消できるでしょう。
障害者の能力と、従事させる業務のミスマッチに気を付ける
切り出した業務内容に対して、どのような人材が適しているのかを見極め、ミスマッチが起こらないようにすることが重要です。例えば、はたらく意欲や職務能力の高い人材には、一般雇用人材が担う業務に多い、経験や意思決定、対外折衝が必要な業務を任せ、自分のペースを守ってはたらきたい方や一定以上の配慮が必要な人材には、わかりやすい業務やマニュアル化されている業務を渡すなどの配慮が必要です。
障害者すべてをひとくくりにして考えるのではなく、一人ひとりの障害特性や志向、能力にあった業務マッチングを心掛けることが、雇用後の定着・活躍に繋がります。
業務切り出し事例1:大手金融機関
ここからは、実際に当社がご支援した業務切り出しの事例を紹介します。
ある大手金融企業では、雇用数拡大に伴い、これまで雇用を進めていた身体障害者以外の障害者を含め、多くの人材を雇用する方針を固めました。そこで新たに業務の創出・切り出しを行うにあたり、これまで業務切り出し・配属の対象外となっていた部署にも協力を得ながら進めることが求められました。
業務を切り出すにあたり、下記のような内容を実施しました。
- 事業部の精査、ピックアップ
- 各部署の担当者に向けて説明会を実施
- アンケートによる現在の業務ヒアリング
- 各業務の精査
- 障害のある社員が従事できる業務の選定
ポイント(1):ワークを交えた説明会で理解を得る
社内の理解を得て切り出し作業を進めるため、当社の支援担当が各部署をまわって説明会を実施しました。第三者であり、障害者雇用を支援する専門的立場から、以下について説明しました。
- なぜ、企業が障害者雇用に取り組む必要があるのか(法的義務や社会の変化、雇用によるメリット)
- 一般雇用と障害者雇用の違いとは何か?
- 障害特性や配属現場で必要となる配慮
- どのような仕事ができるのか、他社での事例
説明に加えて、業務切り出しに関する簡単なワークも実施しました。所属する部署の業務を洗い出してもらい、「俗人型(人の専門性経験に依存する)」「ルーティン型(作業が決まっている流れ作業的な仕事)」「パターン型(その中間)」の3パターンに分類した上で、作業内容や専門性、顧客対応の有無などの判断指標から、障害者が従事できそうなもの・難しいものに振り分けを行いました。
この説明会によって、障害者雇用や、部署でメンバーが障害者と一緒にはたらくイメージを持ってもらうと同時に、この後の業務切り出し作業への協力をスムーズに進めることができました。
ポイント(2):業務精査で、対象外と思われていた部署からの切り出しに成功
説明会の後、参加した担当者に業務ヒアリングを実施しました。
最初に、業務名と概要、作業時間・発生頻度について聞くアンケートを実施した後、分量や納期、専門知識の要不要など詳細を個別に内容をヒアリングしました。
ヒアリングが終了したら、内容を一覧にして整理し、優先順位をつけていきます。例えば障害のある方は作業に時間がかかることがあるため、1日に担う業務量が適正量か、一定の頻度で業務が発生するのかどうか、といった点から検討します。その結果、これまで対象としていなかった法務部門に、障害者が従事できる業務があることがわかり、切り出しを行いました。
最終的には集合配置部署を立ち上げることになり、障害者が担う業務一覧と人員配置をまとめました。
成果
これまで対象と捉えていなかった部署からの業務切り出しができました。また、各部署の担当者の協力を得てスムーズに進めることができました。その後、業務をもとに定めた人材要件をもとに採用活動を進められたことで、業務とのミスマッチも発生することなく部署配属できています。
業務切り出し事例2:大手小売業の事例
接客が発生する店舗での業務切り出し・雇用事例を紹介します。
この企業は全国に100を超える店舗を持ち、高級食品を販売する小売業です。事業拡大により障害者雇用を拡大する必要があるものの、当初、本社での雇用を前提に検討していたものの、従業員の人数が少ないこともあり雇用を拡大できないため、店舗での雇用に踏み切りました。
具体的には、各店舗を精査すると同時に、店舗担当者に向けて、障害者雇用の取り組みに対する理解と協力してもらうための研修を実施しました。研修終了後、店舗で具体的にどのような業務があるのかを洗い出すためのアンケートを実施し、業務を選定しました。
ポイント:大型店舗から着手 雇用後の支援体制も構築
最初は、大型商業施設内にある店舗を対象に、バックヤード業務から進めました。大型商業施設のバックヤードは広く作られている場合が多く、障害特性上、圧迫感のある空間が苦手な障害者にも対応できるためです。また大型商業施設の店舗は、従業員の人数が多いため、業務確認や不測の事態にもサポート体制が取りやすい環境が整っていることも好条件でした。
業務切り出しとあわせて、障害者の就業時間を固定化することと、接客以外の全ての業務をマニュアル化するという対策をとることで、障害者に過度な負担をかけないよう配慮を行いました。また、店舗スタッフにも理解と協力を仰ぎ、障害者が従事しても店舗が円滑にまわる体制を構築しました。
成果
これまで店舗での障害者雇用は前例がありませんでしたが、業務切り出しや研修、就業場所の選定、採用後に本社が店長をフォローするなど支援体制を構築したことで、6カ月の期間で8人、12カ月の期間で12名の精神障害者の採用に成功しました。店舗でのフォローもスムーズに進んでおり、定着化も実現しています。
おわりに:どのような企業でも、業務の切り出しは可能
最後に、当社で多くの企業の業務切り出しを支援した経験を持つ社員からのメッセージを紹介します。
障害特性や能力、志向にあった業務を用意することで、採用や定着、活躍が可能になります。企業からは「業務の切り出しができない」「特殊な業務だから切り出せない」といった声をよく耳にしますが、私達が見た限り、業務の切り出しができない企業や職務はありません。
業務を切り出す過程で、どのような業務があるのかの洗い出しに加え、手順や判断基準などのプロセスを見える化し、すべてをチャート化していきます。それによって、どんなに専門的で高度な業務でも、必ず切り出せる業務が見つかります。
業務切り出しが難しいと感じる場合は、業務委託や、システム導入による業務デジタル化の作業をイメージしていただくと良いかもしれません。業務を外部に委託する際に、業務全体から外注する部分を抽出したり、人力・手作業で行っていた業務をフロー化すると思いますが、業務切り出しも同じ考え方です。
「すでに外部の委託業者や派遣社員の方に業務をお願いしており、任せる業務はこれ以上作れない」という声もよく耳にします。外部への業務委託や派遣社員の方が対応している業務を割り当てるという選択肢もありますが、他に切り出せる業務は社内にたくさんあるのではないかと思います。例えば、業務切り出しを行う部署としては人事部や総務部などが候補に上がりますが、専門的な業務をやっている部署でも切り出せる業務は多く存在します。例えば法務部などコンプライアンス情報を扱う部署は、法令チェックは難しいものの、膨大な資料の整理やファイリングや配送作業などがあるでしょう。こうした部署は専門知識や判断が必要な業務が多いものの、それ以外に発生する仕事が山ほどあるはずなのです。
事例2の企業のように、店舗配属による雇用も進んでいます。バックルームでの仕事が多いものの、切り出せる業務は多く、専門性がそれほど高くない業務や簡単な接客業務に従事するケースも増えてきました。また近年、外国人を採用し、一般社員の業務を担ったり、教育や研修でイラストや動画を使ったマニュアルを用意している企業もあるようですが、障害者雇用でも、業務創出や、同じマニュアル使って研修に活用することもできると思います。
今回紹介した事例をもとに、社内の各部署の業務を見直すことから始めていただくと良いと思います。また業務切り出しは、各部署の責任者や現場担当者の、障害者雇用への理解や協力が不可欠です。そのための説明会の実施や業務洗い出しのヒアリング、とりまとめから、採用活動のための人材要件策定など、膨大な作業となるため、自社だけでは対応が難しい場合は、当社のような雇用支援を行っている会社や支援機関に相談してみると良いでしょう。