2018年4月から企業の障害者雇用率(法定雇用率)が2.2%に上昇し、精神障害も雇用率算定基準に加えられたことにより、精神障害者の雇用が急速に進んでいます。ところが、雇用した企業からは「採用したがすぐに欠勤になってしまい、退職されてしまった」「現場での人間関係や障害理解がうまく進まない」「採用時と就業後でギャップが生じている」といった声をよく耳にします。
精神障害者の採用は、事前の準備や面接、就業時のマネジメントなど、配慮が必要なポイントがあります。
そこで今回は、精神障害者の採用について、採用活動前の準備段階に「安定的に就業してもらうために企業側が知っておくべきことは何か」「自社で採用すべき人材とはどのような要件か」についてのポイントを紹介します。
(※2021年3月10日更新:
・厚生労働省「障害者雇用状況の集計結果」令和2年発表の数値に更新しました
・厚生労働省「障害者の職業紹介状況等」令和元年度発表の数値に更新しました
・パーソルダイバース(旧:パーソルチャレンジ)の社員数:2020年10月1日現在の数値に更新しました)
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精神障害者の採用は活発化、しかし定着に課題も
2021年1月に厚生労働省が発表した「令和2年 障害者雇用状況の集計結果」によると、民間企業(45.5人以上規模の企業)に雇用されている障害者の数は578,292.0人、実雇用率は2.15%という結果でした。そのうち、精神障害者の雇用は88,016人で、前年と比べて12.7%増加しています。雇用数では身体障害者の方が多いものの(356,069.0人 対前年比0.5%増)、雇用増加率では精神障害者が大幅に上回る結果となりました。
また、厚生労働省が2020年6月に発表した「令和元年度 障害者の職業紹介状況等」によると、ハローワークを通じた全障害者の就職件数は10万件を超える103,163件、そのうち精神障害者の就職件数は49,612件(前年度比3.3%増)となり、こちらも身体障害者や知的障害者と比べて最も高い結果となっています。
障害種別 | 新規求職申込件数(対前年度比) | 就職件数(対前年度比) | 就職率(対前年度差) |
---|---|---|---|
精神障害者 | 107,495件(6.1%増) | 49,612件(3.3%増) | 46.1%(1.2ポイント増) |
身体障害者 | 62,024件(1.3%増) | 25,484件(5.1%減) | 41.1%(2.7ポイント減) |
知的障害者 | 36,853件(2.9%増) | 21,899件(1.5%減) | 59.4%(2.7ポイント減) |
出典:厚生労働省発表「令和元年度 障害者の職業紹介状況等」
法定雇用率の上昇と雇用率算定基準への加入によって、企業が精神障害者の採用活動に積極的に取り組んでいる様子が伺え、今後もこの傾向は続くと見られています。
精神障害者の定着率、1年後には半分以下
下のグラフは、障害者の1ヶ月~1年における職場定着率を調査したものです。
障害者の職場定着率
出典:独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター発表
「障害別にみた職場定着率の推移と構成割合」
精神障害者の就職後3ヶ月時点の定着率は69.9%ですが、就職後1年時点の定着率になると、半数以下の49.3%まで下がります。他の障害に比べ、精神障害の定着率は下がる(離職率が上がる)傾向にあることが分かります。
さらに、厚生労働省が2019年4月に発表した「平成30年度障害者雇用実態調査」によると、障害別の平均勤続年数は身体障害が10年2ヶ月、知的障害が7年5ヶ月に対し、精神障害者は半分以下の3年2ヶ月(発達障害者は3年4ヶ月)という結果が出ています。
精神障害者の離職理由から考える
下のグラフは、厚生労働省が、身体障害者と精神障害者の離職理由について調査したものです。
障害者の離職理由
出典:厚生労働省発表「平成25年度障害者雇用実態調査」
※この質問は知的障害者に対しては行われていない
「職場の雰囲気・人間関係」や「賃金・労働条件に不満」「仕事内容が合わない」など身体障害・精神障害ともに多いものや、「疲れやすく体力が続かなかった」「症状が悪化(再発)した」「作業、能率面で適応できなかった」など、精神障害者特有の理由もあります。
採用すべき人材とは「職務能力との一致」と「安定就労要素」がある方
これまで見てきたとおり、精神障害者の職場定着は他の障害と比べると難しい様子が伺えます。今後多くの企業で採用活動が活発化するにつれ、雇用後の安定就業、職場定着が大きな課題となってくると思われます。つまり企業にとっては、採用活動において「どのような人材を採用すべきか」を明らかにしておくことが非常に重要になってくると思われます。
上の調査結果を踏まえると、精神障害者の採用において重視すべきポイントは「安定的に就業を継続できる方なのかどうか」になります。
その上で、従事する業務を踏まえて考えると「求める職務能力と一致し、安定して就労できると証明できる方」が、採用すべき人材と言えるでしょう。
そのような人材の必要要件を図でまとめると、以下のようになります。
求める職業能力との一致
一般雇用と同様、業務において必要となる能力(職務能力)を持っているかどうかを、面接や実習を通じて見極めていきます。また、障害者が、自分自身の能力やできること・できないことを正しく把握し、失敗や挫折があっても学習の機会と考えて努力できるどうかも大切なポイントです。
安定就労要素
職務能力と同じく重要なのは、安定就労要素が備わっているかという点です。安定就労要素とは主に「自分の障害を受け入れ、理解しているか」「通院・服薬など自己管理をきちんとされているか」「必要なサポートを得ながらも前向きに働いていこうと考えているか」という3点です。生活基盤が安定しており、行政や福祉機関とのリレーションがあるかどうかもポイントになります。
職務能力が高くても、安定就労要素が整っていなければ職場定着する前に離職してしまうケースも多く見られます。精神障害者の採用では特に、この安定就労要素がどこまで備わっているかを見極めることが大切です。
精神障害者の障害受容度を見る5つのポイント
上に紹介した安定就労要素の中でも「自己認知・受容」は特に重要です。
自己受容とは「自己を肯定的に味方につける能力、態度」のことです。精神障害者の雇用においては「障害受容」、つまり自身の障害を把握し、肯定的にとらえ、適切に行動できる能力や態度が備わっている、ということです。
選考活動の中で、障害受容度を備えている方かどうかを、以下のポイントを踏まえて確認します。
◆障害受容 5つのポイント
- 障害があっても、自分の能力に自信を持っているか
- 障害受傷を前向きに捉えられているか
- 他者と比較ばかりして劣等感を持っていないか
- 障害で遂行困難な仕事もあることを受け入れているか
- 職場で誰とでも協力できるか
精神障害者の採用例:パーソルダイバース
事例として、当社パーソルダイバースが障害者を採用する際、人材要件をどのように定義しているかを紹介します。
当社はパーソルグループの特例子会社としてグループの障害者雇用に取り組んでいます。2020年10月時点での従業員数は841名、うち障害のある社員は459名ですが、その2/3にあたる328名は精神障害のある社員です。
当社が障害者の採用で重視している要件は「職業準備性」「パーソナリティ」「業務適性」の3点です。
職業準備性とは「当社で働く準備ができているかどうか」で、「自己理解」「社会性」「心身の安定」「就業意欲」の4点で判断しています。
(図)精神障害のある方を含めた障害者採用における「採用人材の要件定義」の例
また、安定した長期就業には、サポート体制を整えることが重要です。当社の採用では、就業面、生活面について、外部の支援機関と初期段階で連携がとれる体制をつくり、健康管理ができるようにしています。
支援機関との連携の詳細については下記記事をご覧ください。
精神障害者の就職、転職 当社のご支援事例から
最後に、当社がこれまでご支援した中で見えてきた精神障害者の採用状況の変化について、キャリアカウンセラーの話をもとにご紹介します。
4年前は「半年過ぎても内定ゼロ」、今は「2週間強で転職先決定」も
当社は特例子会社として障害者を雇用してきたノウハウや実績をもとに、長年にわたって人材紹介や障害者雇用コンサルティングなどの障害者雇用支援を行ってきましたが、その中で感じていることは、精神障害者雇用領域はこの数年で採用ニーズが急速に高まり、精神障害のある求職者と雇用する企業との関係が変わってきているのではないか、ということです。
4年ほど前までは、精神障害のある求職者が内定を頂くのは大変難しい状況でした。
当時ご相談に来られたある女性Aさんは、再就職まで半年以上の期間がかかりました。年齢は30代。有名私立大学を卒業され、大手金融機関1社で就業されたのち退職。気分障害(うつ)3級の手帳をお持ちの方でしたが、ご自身の体調や障害への理解もあったため就業に問題はないと判断し、企業様にご紹介したものの、 面接の機会すら頂くのが難しい状況でした。
当時、精神障害に対する認知や雇用理解は十分に進んでいるとは言えない状況で、当社が求職者の方の健康状態や職業安定性を記した推薦状をお送りしても「精神障害者の採用は難しい」とお断りされるケースが殆どでした。
今年、当社がご支援した20代男性のBさん(有名私立大学を卒業され1社ご経験。双極性障害3級の手帳をお持ちで、時短勤務で現職中)が、転職するために要した時間はわずか1.5ヶ月弱でした。
また40代女性のCさん(専門学校を卒業され4社ご経験。発達障害3級の手帳をお持ちで、現在も時短で就業中)は複数の面接依頼が殺到し、4社内定、お会いしてからわずか15営業日で転職先が決定しました。雇用情勢の急激な変化に大変驚いています。
求職者の意思決定のポイントは「雇用実績有無」
複数社より内定を得た求職者の方が意思決定をされる際に重視しているポイントとして、最も高いのが「(精神障害者の)雇用実績の有無」です。
先にご紹介した4社から内定を得た女性は、自身と同じ障害がある方の雇用実績があり、職場で具体的にどのような配慮がされているかを見学された上で入社意思を決めました。その4社はすべて発達障害者の雇用実績がありました。
また、複数社から内定を得た別の求職者の方は、知名度や業績も高く年収面の条件も高かった企業様からの内定を辞退し、中規模で年収面の条件も(先の企業様と比べて)若干下がる企業様に入社意思を決めました。内定を辞退した企業様にはこれまで、精神障害者の雇用実績がありませんでした。
企業と精神障害のある求職者は「選び選ばれる関係」に
求職者のご相談件数や企業様のニーズは大幅に増加しており、今後もこの傾向は一層進むと思われます。求職者と企業様の関係は今や「選び選ばれる」ものになったと言えるのではないかと思います。
雇用実績のある企業様は障害に対する理解や配慮があり、求職者の方にとっては「安定的に働ける環境」があるとみられています。ニーズが高まっている精神障害者の雇用において、優秀な方を採用するためには、雇用実績の有無はもちろん、実績がない企業様でも、就業を受け入れる体制や制度・配慮・社内理解を整えていくことが重要だと考えられます。