HIV感染症は、医療の進歩によって、現在では早期発見と適切な治療薬の内服でコントロールできる病気になりました。職場で感染することはなく、就業にあたっての特別な配慮は必要ないため、一般雇用者と同じく活躍することができるようになっています。
しかし、「HIVは日常生活でも感染する」「エイズを発症したらいずれ死に至る」といった誤解がいまだに根強くあります。このため職場での理解や、既往歴のある方の積極的な雇用が十分に進んでいるとはまだ言えない状況です。

そこで今回は、障害の正しい知識と職場での配慮、採用や雇用時のポイントについて、専門医による解説を交えて紹介します。

目次

HIV感染による免疫機能障害とは何か

HIV感染による免疫機能障害を知るためには、まずはHIVとエイズ(AIDS)を正しく理解する必要があります。

HIV・エイズとは

HIVとはHuman Immunodeficiency Virusの略称で、ヒト免疫不全ウイルスと訳されます。人間の体を細菌、カビやウイルスなどの病原体から守る(免疫)役割を果たすTリンパ球やマクロファージ(CD4陽性細胞)といった細胞に感染するウイルスです。
このウイルスに感染し、病気を発症した状態をエイズ(AIDS 後天性免疫不全症候群)と呼びます。

HIV感染のしくみ

HIVはヒトの傷口や粘膜から侵入しCD4陽性細胞に感染します。感染した細胞内で増殖し、更に新たなCD4陽性細胞へと感染していきます。感染した細胞は徐々に破壊されるため、CD4陽性細胞の数が減少し、感染者の免疫が数年の経過で弱められていきます。
HIVに感染している可能性を調べるHIVスクリーニング検査で陽性となり、その後の確認検査でも陽性となれば、HIV感染症と診断されます。

エイズの発症

HIVに感染し、治療をせずにいると、免疫細胞(CD4陽性細胞)の減少に伴い免疫力が徐々に弱くなります。免疫機能の低下により、健康な人であれば感染することのないような病気にもかかるようになります。HIVに感染した人が、厚生労働省が指標疾患として定めている23の疾患のうちどれかを発症した場合にエイズ(AIDS 後天性免疫不全症候群)と診断されます。

HIVに感染してからエイズ発症期に至るまでには「急性期(感染初期)」「無症候期」という2つの時期を経ます。

・急性期(感染初期)
HIVに感染してから2~3週間後に、発熱や喉の痛み、筋肉痛、頭痛などインフルエンザによく似た症状があらわれることがあります。まったく自覚症状のない人もいれば、かなり強く症状が出る人まで、程度はさまざまです。

・無症候期
急性期を過ぎてからは血液中のウイルス量が減少していき、感染後6~8か月後から数年~10年ほどの間は、症状が落ち着きます。

・エイズ発症期
服薬などの適切な治療を行わないまま無症候期を過ぎると、免疫機能が低下し始め、免疫機能が正常であれば発症しないはずのさまざまな病気にかかりやすくなります。

免疫機能障害は障害者雇用の対象となる

HIV感染症のような免疫機能障害も、身体障害者手帳の取得対象です。感染者の方が一般企業で就労する場合、障害者雇用率制度、障害者雇用納付金制度、助成金制度等の適用対象となります。

HIV患者・エイズ患者の現状

近年の日本でのHIV感染者数・エイズ感染者数は、全般的に減少傾向にあるとされています。
厚生労働省が発表した「令和4年エイズ発生動向」によると、2022年のHIV感染者新規報告数は632件で、前年から110件減少しています。エイズ感染者の新規報告数も前年を下回っており、HIV 感染者とエイズ患者を合わせた新規報告数が、2003年以来1,000 件を下回る結果となっています。

なお、HIV患者の年齢層の中心は20~40代と、はたらき盛り世代が多いとされており、実際にHIV患者の約7割は就労しているというデータもあります。就労しているHIV患者の方のなかでも、一般企業で正社員として勤めている方は全体の約3割と最も多くなっています。
「HIVに感染してしまったら今まで通り仕事ができなくなる」という誤解も、まだ少なくない状況です。しかし、雇用主側の意識が少し変わるだけで、今よりもっと多くのHIV患者の方が社会で活躍できる可能性が広がります。

HIV・エイズは基本的な社会生活では感染しない

HIVの感染経路は主に以下の通りです。これ以外の経路から感染することはありません。

A. 性交渉による感染
最も多い感染経路。感染者の体液と粘膜の濃厚な接触によって人から人へ感染する。
B. 母子感染
出産時、産道通過時、母乳からの感染など。
C. 血液感染
輸血・注射器具、静脈注射の共用で感染するケース。

D. 血液製剤、職業的暴露(医療機関での、針刺し間違いによる事故)

HIVを含む血液、精液、膣分泌液、母乳といった体液が、相手の粘膜部分や傷口などに接触することで、感染の可能性が出てきます。
汗、涙、唾液、尿、便などの体液と健常な皮膚が接触するだけでは感染することはありません。またHIVの感染力は弱く、ある程度の量がないと感染しないため、性交渉以外の社会生活のなかで感染することはないのです。
HIV患者のくしゃみや咳などの飛沫を浴びたり、口同士でキスをしたりしても、HIVに感染することはまずないとされています。

エイズは“死の病”ではなくなった

20年前、エイズは「人から人にうつる感染症」「一度感染したら治らない」「治療法はなく、確実に死亡する」と考えられていましたが、今は治療によって免疫機能を維持することができるようになり、“死の病”ではなくなりました。
国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター(ACC)によると、ACCの入院患者さんの一年間の死亡率は1996年で6.7%、それ以降は0.5~0.7%となっています。発見が遅く、すでに合併症を起こしており、リンパ種などの血液のガンなどを発病していたケースを除き、エイズで死亡することはほぼなくなりました。
HIVの診断を受けた人の平均余命(25歳でHIVと診断された患者さんの平均余命)は、1996年以前は余命7年でしたが、現在では余命40年~50年と、一般健常者とほぼ変わらない長さとなり、天寿をまっとうすることができるようになっています。

抗HIV薬(HIVの増殖を抑える薬)は、以前は1日3回大量の薬を服用する必要がありましたが、現在では1日1回、一粒の薬を服用する治療法もあり、飲み忘れが少なくなっています。薬は90日間の処方が可能なので、2~3ヵ月に1回の受診で済みます。
服薬により血液中のウイルス量が検出限界値未満まで減少し、感染しにくくなる状態になります。そしてCD4陽性細胞数も増加し、体の免疫力が回復します。そのため、HIV感染をしているという理由で仕事をやめる人が減っています。仕事に復帰し、通常の勤務ができている人が増えています。

進行性の免疫不全症候群であったHIV感染症は、今や、回復可能な免疫不全症候群となりました。糖尿病などの一般的な慢性疾患と同じく、治療によって社会生活や就業も可能です。職場では、通常の就業活動では他の人に感染することがなく、特別な配慮は必要ありません。周囲の正しい理解があれば就業は可能なのです。

HIV感染による免疫機能障害者を雇う上で必要な就業上の安全配慮

これまで見てきた通り、職場や学校など、通常の社会生活で感染することはありません。
その上で、職場での主な安全配慮としては、以下の2点です。HIV陽性者に限らず、全ての従業員を対象にこの予防策を行ってください。

感染リスクが高い行為を避ける

  • 感染者の血液、精液、膣液が、他者の傷口や粘膜に直接触れる行為
  • カミソリ、歯ブラシ、くし、タオルなど、血液が付きやすい日用品の共有

※歯ブラシとカミソリの共有によってHIV感染が確認された訳ではありませんが、理論上有りえることから念のために行う注意事項です。

職場で出血事故が起こった場合の対処方法を把握しておく

  • 出血を伴うけがをした場合は、傷の手当ては原則ご自分で行うようにお願いしてください。周囲の人にお願いする場合は、念のため血液に直接手で触れることは避け、使い捨てのビニール手袋、またはゴム手袋を着けるようにします。
  • 血液が付いた衣服は洗浄しましょう。血液の付いたもの(ガーゼ等)を捨てる際には、丈夫なビニール袋に入れて、口をしばって捨てるようにしましょう。

HIV感染による免疫機能障害者の人事管理、雇用のポイント

HIV感染による免疫機能障害者は一般的に、職業準備性や就業適性を持ち、企業の様々な部署で活躍する人が多くなっています。就業においては職場での特別な配慮も必要なく、本人の定期治療と、職場での正しい理解によって、安定的に働くことが可能です。

人事管理と雇用上のポイントとして、採用面接、障害の開示、業務内容と勤務上の管理について紹介します。

採用面接

「労働基準法上における安全配慮義務に照らして、確認させてください。」との前提のもと、CD4の推移と通院、服薬状況を確認しましょう。ただし障害を受容したきっかけ(感染経路など)を聞くことはプライバシーの侵害となるため避けてください。
また、障害について職場内でどこまで開示して良いか、面接で確認しておくと良いでしょう。

職場での障害開示について

障害名の開示範囲に関しては、個人情報保護法における特定機微情報に該当するため、本人の希望を確認した上で判断します。本人が開示を拒めば、人事セクションと上長の範囲(安全配慮義務上必要な関係者)にとどめ、その秘密を徹底することが求められます。
開示する場合と開示しない場合、どちらのケースでも本人へのストレスがかかることがあります。例えば就業時や飲み会などのイベントで、職場のメンバーとの何気ない会話の中で不安を感じる人もいるかもしれません。他の障害特性と同じく、定期面談などを行い、不安や不便を感じることがないかを確認し、必要に応じてケアをすることが大切です。

業務内容と勤務上の管理について

健康な状態や体力が維持されている場合は特別な配慮は必要ないと考えて良いでしょう。ただし、本人の健康状態を良好に維持するため、過度なストレスや疲労が想定される業務を任せることは避けましょう。

通院・治療に関する配慮

HIV感染症は危険な病気ではなくなりましたが、それは服薬などの適切な治療を受けていることが前提です。本人が通院・治療を正しく受けることができるよう、職場としてもそのために休暇を取れるよう配慮しなければなりません。

社内理解を深める機会をつくる

HIV感染症に対する理解が以前よりは広まったとはいえ、まだHIVについて誤った知識を持った方がいるかもしれません。本人の障害開示を行う場合は、各従業員に向け「HIVについての理解を深めるための勉強会」を実施するなどし、正しい理解を促すことがおすすめです。

こんな場合はどうなる?免疫機能障害Q&A

国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター 潟永博之先生

蚊によってHIVが伝染するのでは?

伝染しません。

免疫障害者は鼻血・出血しやすいのでは?

血友病患者は出血しやすくなりますが、それ以外の感染者は通常出血しやすいことはありません。出血の止まり方も普通です。
一般常識として他の人の血液は危険で素手で触らないなど、一般の人と変わらない対応をしてもらえれば問題ありません。(一般の人でも他の病気に感染している人も考えられるので、常識として血液には注意します)

HIV患者が体調不良により嘔吐した場合、処理時に接触感染や空気感染はしないの?

感染しません。ただし、人間の体内から排出されるものは、HIV患者か否かに限らず「何かしらの病原体が含まれる可能性がある」という認識を持ち、他人の嘔吐物に素手で触れることは、そもそも避けるべきでしょう。

免疫機能が低下するということは、風邪やインフルエンザにはかかりやすいのでは?

一般の方とほぼ同じです。免疫障害者だからといって、風邪にかかりやすいということは ありません。

CD4のウイルス量が安定しているとは、どのくらいの期間や治療で安定していると言えるの?

副作用がなく治療が継続できていれば安定期と言えます。
定期通院している患者さんであれば、CD4の数が200以下であってもAIDS(日和見感染など)を起こさない為の予防薬の内服をしていますので、問題ありません。CD4数が一桁であっても、通院し、服薬することで対策は可能です。したがって、感染が発覚しても、仕事を辞める必要はありません。
また、治療を始めたときに副作用が出ることがあります。そのような時は一時的に休むことが必要ですが、休職・離職を考える必要はないでしょう。

感染リスクがゼロではない中で、職場で障害を開示する必要はないのか?

職場メンバーに開示するかどうかは、本人とよく相談した上で判断するのが良いでしょう。
先に述べた通り、HIVは通常の職場で感染することはまずありません。また「感染しやすさ」という点では、HIVよりB型肝炎やC型肝炎の方が感染しやすいと言えますが、肝炎については開示するか否かは問題になっていないケースが多いのではないのでしょうか。HIVだからといって特別な開示義務はありません。他の障害特性と同じく、障害についての正しい知識を伝え、理解を広めましょう。

まとめ:正しい知識をもとに、共に安心してはたらける環境づくりを進める

今回は、HIVの現状やHIV患者の方がはたらくにあたって雇用主側が意識したい点、またHIVに関するよくある質問に専門家が回答するQ&Aを紹介しました。
かつてHIVが恐ろしい感染症と言われていたことをご存じの方は、近年の状況を知って認識を新たにされたかもしれません。配慮すべき点さえ意識すれば、HIVのような免疫障害のある方も職場で十分に活躍することができます。HIV患者の方が本人のスキルを存分に発揮してはたらけるよう、職場環境を整備していきましょう。