「聴覚障害」と聞くと、「音が聞こえない障害」という認識だけを持たれる方もいるでしょう。しかしひと口に聴覚障害と言っても、発症した時期や原因、部位によって、聞こえ方やコミュニケーション方法には個人差があります。聴覚障害者の定着・活躍のためには、聴覚障害の多様性や障害特性を正しく理解することが大切です。
そこで今回は、聴覚障害の基本的な知識やコミュニケーションの違いによる特性、従事できる業務や必要な配慮についてまとめました。聴覚障害のある方の雇用について関心をお持ちの方は、ぜひご参考ください。

目次

聴覚障害とは

聴覚障害は、音を脳に送るまでの部位に発生する障害で、「音が聞こえない」または「音が聞こえにくい」状態が起こる障害のことです。原因は先天性(生まれつきの聴覚組織の奇形や妊娠中の、母親の妊娠中のウイルス感染による胎内感染など)や、後天性(突発性難聴薬の副作用・頭部外傷・脳腫瘍・騒音・加齢など)のものがあります。

聴覚障害は障害の分類や種類、聞こえの程度に個人差が大きいことが特徴であるため、コミュニケーションの方法や必要な配慮事項が一人ひとり異なります。

聴覚障害の等級と分類

聴覚障害は、聞こえ方の程度や障害の受傷時期などによって分類がなされます。ここでは、聴覚障害の等級の区分と、3つの分類について紹介します。

聴覚障害の等級

聴覚障害の等級は「聴力」で判定されます。「聴力」は補聴器などを使用せずに、どの程度の大きさの音が聞こえているかで定義されており、デシベルという単位で表します。
身体障害者福祉法では、両耳の聴力レベルが70デシベル以上を聴覚障害と定義し、聞こえの度合いによって等級を区分しています。聴覚に障害のない人の平均は0デシベルで、この数字の大きさによって聴力損失の度合いが異なります。

身体障害者福祉法に基づき区分されている、聴覚障害の等級は以下になります。

等級 判断基準
2級 両耳の聴力レベルがそれぞれ100デシベル以上のもの(両耳全ろう)
3級 両耳の聴力が90デシベル以上のもの
(耳力に接しなければ大声語を理解し得ないもの)
4級 1 両耳の聴力が80デシベル以上のもの
(耳介に接しなければ話声語を理解し得ないもの)
2 両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50パーセント以下のもの
6級 1 両耳の聴力レベルが70デシベル以上のもの
(40センチメートル以上の距離で発声された会話語が理解し得ないもの)
2 一側耳の聴力レベルが90デシベル以上、他側耳の聴力レベルが50デシベル以上のもの

実際の等級認定は各自治体や医師が個別に判断するため、評価者が異なれば同じ等級であっても聞こえ方には違いが生じます。たとえば2級に区分される方は意志伝達の手段は手話や口話、筆談による意思伝達が行われていますが、等級が2級でも、聴力や育ってきた環境、発話レベルには個人差があるため、その方に合わせた配慮やコミュニケーションを取ることが必要になります。
6級の方は、補聴器を使用することで会話を聞き取れるため、企業側の配慮を必要としないケースも多く、一般枠ではたらく方も多数います。

聴覚障害は「ろう」と「難聴」「中途失聴」の3つに分類される

聴覚障害は聞こえの程度によって「ろう」(ほとんど聞こえない状態)と、「難聴」(聞こえ難さが残るものの、聴力は残っている)と、大きく2つの定義に分類されます。
また、上記とは別に、障害の受傷時期によって定義することもあります。生まれつき、もしくは音声言語を獲得する前に失聴し、手話を第一言語とする方を「ろう者」、音声言語を獲得した後に失聴した方を「中途失聴者」と区別するケースで、後者は広義の「難聴者」に含まれる場合もあります。
どれに該当するかはその人自身の文化の違いやアイデンティティにも関係し、一概には分類できません。

難聴の種類

難聴には聞こえ方や原因となる部位により「伝音性難聴」「感音性難聴」「混合性難聴」3つの種類があります。それぞれの違いについて紹介します。

・伝音性難聴

外耳から中耳の音の振動を感じる部位に障害があることで、音が聞こえにくくなる障害です。補聴器の着用、もしくは治療や人工内耳手術によって聞こえが改善する方もいます。

・感音性難聴

聴覚障害者の中では一番多い障害とも言われ、内耳、蝸牛の部分や、脳に音を電気信号として感じる部位や神経に障害があるため、音が聞こえにくくなる障害です。人の声が歪んだり響いたりして聞こえることが多く、補聴器などで音を大きくしても正確に言葉を聞き取ることが困難な方もいます。内耳より上の神経の障害による難聴を神経性難聴、脳幹や大脳皮質の障害を中枢性難聴と呼ぶこともあります。

・混合性難聴

感音性難聴と伝音性難聴の両方の症状を持つ難聴です。補聴器の着用により、聞こえが改善する方もいます。

聴覚障害の特性を、コミュニケーションによる文化の違いから理解する

聴覚障害者は、症状や聴力、失聴時期など人によって大きく異なるため、障害特性が多様です。そのため使う言語やコミュニケーション方法が異なります。言語という“文化”が違うことによって、私達が使っている日本語に対しても、言葉の捉え方や使い方が生じることがあります。

聴覚障害者のコミュニケーション方法と言語

聴覚障害者が用いるコミュニケーション方法として、口話、筆談、手話があります。

方法 特徴
口話 相手の口の動きを読み取って言葉を理解する「読話」と、声を出して言葉を伝える「口語」を組み合わせたコミュニケーション方法
筆談 文字を書いてコミュニケーションを行う方法。ペンや紙を使う、手のひらに指で書く、空書きするなど
手話 「手指の動作」と「顔の動き」によって表現されるコミュニケーション方法

この中でも手話は、聴覚障害者が最も多く使う「言語」と言えるでしょう。手話は主に「日本手話」と「日本語対応手話」があり、以下のような違いがあります。

手話の種類 特徴 その他
日本手話 日本語とは文法や語彙など大きく異なる(助詞がない、単語の意味が違う) 主にろうの方同士のコミュニケーションで使用
日本語対応手話 日本語の文章の単語ごとに手話を対応したもの(視覚的に日本語を補助する目的) 健聴者が学ぶ場合が多い

コミュニケーション方法の違いが、日本語への捉え方、使い方の違いを生む

日本人にとっての日本語、フランス人にとってのフランス語、アメリカ人にとっての英語と同様に、ろうの方(生まれつき、もしくは音声言語を獲得する前に失聴した方)にとっては手話が第一言語、母語になります。日本手話を母語とするろうの方にとって、日本語は母語ではないので、日本語に対して異なった捉え方や使い方をしたり、認識に多少のずれが生じたりすることがあるのです。

また、失聴時期によって使う語彙数が少ない障害者もおり、健聴者と比べて感情や意志の表現が限定的な人もいます。例として、聴覚障害者は「切ない」「心苦しい」「くやしい」といった複雑な感情を表現することが難しく、よりストレートに表現します。このことによって「この人は気遣いや配慮が足りない」などの誤解を生むことがあるかもしれません。
このような場合は、質問の仕方を変えたり、困っていることがないか確認したりすると良いでしょう。

第一言語という文化の違いによって、言葉の捉え方や使い方が違うことがあること。複雑な感情表現を認識することが難しい場合があること。こうした違いや特性を理解し、円滑なコミュニケーションを図ることが、相互理解や職場定着に繋がるのです。

聴覚障害がある方に向いている仕事・できること

聴覚障害者は、どのような業務や仕事を担うことができるのでしょうか。ここでは、聴覚に障害のある方に向いているとされる仕事内容や、業務の中でできることについてご紹介します。
一般的に、聴覚障害者の方には電話応対など聴力が必要とされる業務は難しいとされますが、その他の幅広い業務に従事することが可能です。

業務の種類 具体的な業務内容の例
軽作業系 倉庫での在庫管理・メール便の管理など
管理部門 人事・総務・経理部門でのデータ入力・名刺作成・備品管理・伝票管理など
ミドル・フロント部門 企画営業・マーケティング部門における数値管理・資料作成・リサーチなど
IT部門 システム開発・保守運用・プログラミング業務など
デザイン部門 HP更新管理・Webデザイン・DTPデザイン業務など

聴覚障害者は、高い集中力で1つのことに打ち込める場合も多いため、集中力・正確性が求められる仕事に適性があると言われています。また、口頭でのコミュニケーションがある程度可能な方の場合は、対人コミュニケーションが発生する業務にも従事可能です。

聴覚障害の方が仕事で抱える困りごと

聴覚に障害のある方がはたらくにあたって、抱えがちな困りごとにはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは、聴覚障害者の方が仕事のなかで困難になりやすい点や、注意したい点をご紹介します。

質問や確認がしづらい

聴覚に障害があると、耳で聞き取ることや口頭で伝えることだけではなく、自分が得た情報が正しいかを聞き返すなどして確認することも困難になりがちです。そのような際に確認するタイミングが掴めなかったり、何度も聞くのが申し訳ない気持ちになったりすることもあり得ます。
口話だと単語の聞き分けが難しく、それが続くと消耗してしまって疲れやすくなります。

会議での会話の聞き分けが難しい

多人数が出席する会議やミーティングでは、複数の人の声の聞き分けが難しくなります。誰が誰と、何を話しているのかが把握しにくくなり、会議の進行についていけなくなってしまう恐れがあります。

聴覚障害による体調不良がある場合も

内耳に障害のある方は、めまいや吐き気など体調不良を起こすこともあります。内耳は、平衡感覚をつかさどる器官であるためです。また、天気や気圧の急激な変化にも弱いといわれています。

外見からは障害があることに気づいてもらえない

聴覚障害の場合、外見から障害の有無を判断することは困難です。このため、聴覚に障害があることを知らない人が話しかけ、答えられないことで誤解が生まれ、トラブルが発生する可能性も考えられます。

緊急時にとっさの対応ができない

音声会話や聞き取りが難しい聴覚障害者の方は、緊急の対応が必要な状況で、110番・119番などへの電話による通報ができません。また、非常時に緊急ボタンは押せても、音声応答が必要なケースではその後の対処が困難になります。

聴覚障害者の採用と選考時の配慮

聴覚障害者を採用する際、どのような点に配慮すればよいのでしょうか。採用と選考時の主な配慮について以下にまとめました。

筆談によるコミュニケーションが必要な場合

紙やメールなど言語を活字化できるツールを用意しましょう。電子メモパッドの活用やPCノートテイクなどの方法も有効です。手話ができる人材がいれば、採用面談の際に同席してもらうとよいでしょう。

口話での対応が可能な場合

口話でコミュニケーションを図る場合は、口の動きがわかりやすいように、大きくはっきりと動かすようにします。音量調整が可能な聴覚障害者用スピーカーを用意するとよいでしょう。

選考では、他の障害者と同じく「どのようにはたらいていきたいのか」という意向を確認し、「自社が提供できる環境や業務、配慮の中で定着、活躍可能か」を検討します。

企業ができるコミュニケーション面での配慮

聴覚障害者の定着にはコミュニケーションへの配慮が欠かせません。
コミュニケーション方法や配慮方法、主な対応策を以下にまとめました。

コミュニケーション方法 筆談中心 口語・発話中心 音声会話中心
配慮方法 筆談、メール、PCチャット、手話 読唇、筆談、メール、PCチャット 音声、メール、電話
主な対応策 ■受入マニュアルの作成
■最低限必要なことは書面で用意する
■呼びかける際は肩をたたく、手を上げる
■業務依頼は筆談またはメールにて行う
■会話ではレジュメを事前に共有する
■業務依頼はメールまたはPCチャットにて行う
※通常のコミュニケーションは口語で問題なくとも、細かな業務指示は履歴を残すよう工夫すると良い
■会話ではPCチャット、筆談を用いる
※大人数の会議では誰が話しているかが分かりづらいため、チャットや議事録入力を見ながら情報を得られる環境を用意する
■音声調整可能な電話機を使用する
■会議では発言者の近くに座ってもらう
■大きな声ではっきり発音し伝える

業務上のコミュニケーションへの配慮の主な3つのポイントについて見ていきます。

コミュニケーションの方法

聴覚障害者が業務で用いるコミュニケーションとして「筆談」「口話・発話」「音声会話」の3つがあります。
社外とのやりとりでは、メールやskypeなどのチャットツールを用いることが多いでしょう。文字だけでは伝わりにくいことがあり、意思の疎通が取れないこともありますので、同僚や管理責任者が適宜フォローします。社外の方でも、例えば日常的にやりとりする担当者などには、本人の同意を得た上で、聴覚障害があることを伝えておくと良いかもしれません。

コミュニケーションの取り方

よりよいコミュニケーションを取るために、聴覚障害者がどのようなコミュニケーション方法を希望しているのかを事前に確認しましょう。聴覚障害者には語彙が少ない方もおり、また手話と「日本語」では文法や語彙が異なるため、比喩表現や暗示表現は誤解されやすいと言われています。わかりやすく、直接的な表現で伝えるようにしましょう。
例:「書類作成は難しいかもしれません」⇒「書類作成はできません」など

コミュニケーションの量

聴覚障害者はその方の聴力によって受け取る情報が少なく、理解不足や不安に繋がることがあります。会議の後や業務の指示、進捗確認の際や定期面談時に、情報不足で支障が出ていないかを確認します。
業務をスムーズに進められるよう、日頃から意識的にコミュニケーション量を増やしましょう。

聴覚障害者への配慮事例

聴覚障害者にどのような配慮をしているのか、当社がご支援した企業の取り組み例をいくつか紹介します。

情報通信サービスを展開する会社の事例

情報通信サービスを展開する会社の事例をご紹介します。同社では、人事部に聴覚障害者を複数名配属し、会社説明会や社内研修におけるデータ入力業務を行っています。筆談や口頭、メールでの連絡のほか、会議にPCのチャットツールを用いるなど、目に見えるコミュニケーションを積極的に導入。その結果、お互いの意思疎通がスムーズに行えるようになりました。また同時に、社員向けに障害配慮に関するマニュアルを作成し、障害への理解促進を図る取り組みも行いました。

旅行サービスを展開する会社の事例

次は、旅行サービスを展開する会社の事例です。同社では、初めて聴覚障害の方を雇用することになった際、配属前に聴覚障害の特性や配慮への理解について研修を実施。同時に社員の障害理解や、意識改革にも取り組みました。
入社した聴覚障害者の方の主な業務はWEBサイトの更新で、社内での業務依頼はメールで行っています。雇用後も継続してフォローアップを行って雇用ノウハウを蓄積し、新たな聴覚障害者の雇用に取り組んでいます。

聴覚障害者への配慮はもちろん、配属部署のメンバーや他の社員に障害特性や共にはたらく理解を得る取り組みも大切です。

【もっと詳しく!】

配属先で同僚となる社員の理解と協力を得るために、日々の接し方やトラブルへの対応など、伝えておくべきことや留意点をまとめました。

まとめ

聴覚障害者の雇用では、障害特性を理解することが重要です。なかでも特に、コミュニケーション手段の違いを理解することはとても大切になります。また、障害の等級や聞こえ方のレベルによって、支援の仕方も異なってきます。このため、一人ひとりに合わせたコミュニケーションの配慮や伝達手段を取ることが、業務を円滑に進めるための重要なポイントとなります。これらを踏まえ、聴覚障害者本人に対する支援体制をしっかり作っていきましょう。それと同時に、共にはたらく社員への障害理解を深めるための取り組みも大切です。